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ニュースレターNo.20 「シワ形成抑制剤 審決取消請求事件」

<概要>

今回は、平成18年 (行ケ) 第10227号 審決取消請求事件について検討してみました。

この事件は、発明の名称を「シワ形成抑制剤」とする特許出願に関するものである。本件は、原告が上記の特許出願をしたところ、特許庁から拒絶査定を受けた。原告はこれを不服として審判請求をしたが、請求不成立の審決を受けたので、該審決の取消しを求めて請求した事案である。

原告の特許出願 (特願平8-66079号、特開平9-255548号) の特許請求の範囲は下記の通りである。

「アスナロ又はその抽出物を有効成分とするシワ形成抑制剤。」

審決は、引用文献 (特開平5-345719号公報) の請求項1「有効成分として、ヒノキ科植物 (Cupress aceae) の成分であって、中間極性を有する有機溶媒、一価若しくは多価の低級アルコール、又はこれらの混合物に可溶性を示すものを含有することを特徴とする美白化粧料組成物」に記載された発明と同一であるから、特許法29条1項3号により特許を受けることができないとした。

1. 原告の主張の要点

本願発明と引用発明とは、「シワ形成抑制剤」と「美白化粧料組成物」という用途によって明確に区別されるものである。故に、審決の判断は誤りである。本願発明の「シワ形成抑制剤」は、皮膚の老化により引き起こされるシワ形成を抑制し、目もと、口もと、顔にハリや弾力感をもたらすことを目的として使用される。これに対して、引用発明の「美白化粧料組成物」は、色素細胞の白色化効果を有し、紫外線による皮膚の黒化、シミ、ソバカス等の色素沈着を消失又は予防することを目的として用いられる。また、両者は、その作用効果、使用・販売実態において明確に区別される。

審決は、「引用文献の組成物を皮膚に適用した場合、同じ有効成分を同程度含有する以上、美白と同時にシワ形成抑制作用も奏しているはずである。上記の相違点は、組成物中の有効成分であるアスナロ抽出物の作用を美白作用と認識して美白化粧料組成物としたか、シワ形成抑制作用と認識してシワ形成抑制剤としたかの表現上の相違にすぎない。換言すれば、本願発明は、引用文献のアスナロ抽出物を含有する美白化粧料組成物について、シワ形成抑制効果を新たに発見したに過ぎないものであり、それにより格別新たな用途が生み出されたものではない。」と判断する。該判断は、引用発明の美白化粧料組成物を皮膚に適用した場合に美白効果と同時にシワ形成抑制作用も潜在的に発生していたから、本願発明のシワ形成抑制剤は新規性がないというものである。

しかし、アスナロ抽出物を有効成分とする公知の皮膚外用組成物のシワ形成抑制剤としての使用は、新たに発見された技術的効果に基づく特徴である。該技術的特徴は、引用文献に記載されたものではないから、引用文献のアスナロ抽出物を含有する美白化粧料組成物を実施するに際し、潜在的に発生していたとしても、本願発明のアスナロ抽出物を有効成分とするシワ形成抑制剤は新規である。また、アスナロ抽出物のシワ形成抑制効果は、本願出願前には認識されたことがなく、本願発明者によって初めてこのシワ形成効果が見出された結果、「アスナロ又はその抽出物を有効成分とするシワ形成抑制剤」が生み出されたのである。本願発明は、アスナロ抽出物について、シワ形成抑制の効果を新たに発見し、それにより新たな用途を生み出したものである。シワ形成抑制剤と美白化粧料組成物を単なる表現上の相違とする審決の判断には誤りがある。

審決は、「皮膚の黒化や色素沈着はシワ形成と同様、美容を損なう典型的な現象である。これらの現象を予防することは日焼けやシワが既にあるとないとにかかわらず、美容効果、即ち皮膚を美しく健康に保つために志向されるものである。そして、引用文献の組成物も本願発明のシワ形成抑制剤もいずれも美容効果を期待する使用者に対して用いられ、同じ効果が奏される以上、新たな用途の外用剤が創出されたとすることはできない。」と判断する。

しかし、皮膚の黒化や色素沈着等のシワ形成は、その発生部位、原因、機構において全く異なる現象であって、美容を損なう現象として同視できるものではない。また、シワ形成抑制剤は、顔面のシワの発生や進行の抑制を期待する人に対して用いられる。一方、美白化粧料組成物は、日焼けによるシミ、ソバカス等の改善・予防を期待する人に対して用いられる。故に、両者は同じ効果を期待する使用者に対して用いられるものではない。

2. 被告の反論は省略します。

3. 裁判所の判断の要点

裁判所は、本願の明細書の記載内容を検討し、本願発明は「シワ形成抑制」と言う用途を限定した発明、即ち、用途発明であると認定して、この「シワ形成抑制」と言う用途が、新たな用途を提供したと言えるか否かと言う観点から判断を進めた。そして、引用文献の記載内容を検討し、引用文献には、皮膚に適用することにより、色素細胞を白色化して、紫外線による皮膚の黒化若しくは色素沈着を消失させ又は予防する美白化粧料組成物で、有効成分としてアスナロの枝葉のメタノール抽出エキスを含有するものが記載されているとした。また、本願出願当時の技術常識並びに本願明細書及び引用文献の記載から「シワ」及び「美白」が如何なるものかを検討した。そして、以下のように判断した。

「シワ」は、現象もそれが生ずる機序も、「皮膚の黒化、又はシミ、ソバカス等の色素沈着」とは異なる。また、美白効果を訴求する化粧料と、シワ、タルミなど老化防止を訴求する化粧料とは、製品としても異なるものと認識されていた。引用発明は、色素細胞を白色化して、紫外線による皮膚の黒化若しくは色素沈着を消失させ又は予防する美白化粧料組成物であるから、当業者が、本願出願時、引用発明につき、「シワ」についても効果があると認識する余地はなかったものと認められる。「シワ」と「皮膚の黒化、又はシミ、ソバカス等の色素沈着」の予防・治療法として、紫外線の皮膚への吸収を防ぐもののように共通している部分もある。しかし、引用発明は、色素細胞を白色化して、紫外線による皮膚の黒化若しくは色素沈着を消失させ又は予防するものであるから、この点において、予防・治療法として、本願発明と共通すると言うことはできない。

被告は、引用発明の「美白化粧料組成物」を皮膚に適用すれば、「美白作用」と同時に「シワ形成抑制作用」も奏しているはずであり、「シワ形成抑制作用」のような作用は、視覚や触覚のような五感で容易に知得できる作用であるから、「美白化粧料組成物」を皮膚に適用・使用した場合に、その使用者が容易にその効果を実感できるものであることを理由として、本願発明につき格別新たな用途が生み出されたとすることはできないと主張する。

しかし、引用発明の「美白化粧料組成物」を皮膚に適用すれば、「美白作用」と同時に「シワ形成抑制作用」も奏しているとしても、本願の出願までにその旨を記載した文献が認められないことから、「シワ形成抑制作用」を奏していることが知られていたと認めることはできない。

また、被告が、「需要者や当業者が美白作用を有する組成物について同時にシワ形成抑制作用を有すると期待することは当該分野の常識上あり得ない」及び「美白化粧料組成物とシワ形成抑制剤は同じ効果を期待する使用者に対して用いられるものではない」とする原告の主張は失当であると主張したことに対して、裁判所は、前者については、被告が美白作用とシワ形成抑制作用とを併有しているとして取り上げた「乳酸」や「アスコルビン酸リン酸エステルマグネシウム」が両作用とを有しているからと言って、それとは異なる「アスナロ又はその抽出物」に「シワ」についても効果があると認識することができたとは認められないとした。また、後者については、シワと美白とは異なり、美容効果のうち、特に紫外線による皮膚のトラブルに対する予防効果を期待して皮膚に適用されるものであるとの共通点があるからと言って、当業者が、引用発明につき、シワについても効果があると認識することができたとは認められないとした。

裁判所は、以上のように述べて、被告の主張を却下しました。

検討

本件は、組成物の発明について、その組成物 (有効成分) 自体が公知であるにもかかわらず、その用途が相違すると言うことを理由に新規性ありと判断したものです。審決等において、特許庁は、組成物 (有効成分) が同一なら、使用した際に、当然、美白効果と同時にシワ抑制効果も発揮しているはずであり、これらの効果は、目視で容易に観察できるはずであるから、この組成物を、美白効果を目的として使用した者は、当然、シワ抑制効果をも有すると言うことを認識していたはずである旨の主張をしました。これに対して、裁判所は、「シワ」と「皮膚の黒化、又はシミ、ソバカス等の色素の沈着」とは現象として異なること、作用機序が異なること等の故に、出願当時、当業者が美白効果に加えてシワ抑制効果を有すると認識する余地はなかったと判断しています。また、先行文献に記載がなかったことも理由としています。しかし、先行文献に記載されているか否かとは別に、このような化粧品は顔に塗るものですから、実際に使用していた者は美白効果に加えてシワ抑制効果を有することを十分に認識していたのではないのでしょうか。

従来から、医薬の分野では、用途発明につきこのような判断は通常なされていたことです。しかし、医薬の分野において、このような判断をしていたのは、人間を治療する方法が、産業上の利用性を欠くと言う理由から特許を取得できない故、剤、組成物自体として新規性はなくとも、用途の相違によって特許を認めていこうと言う政策的なものであったはずです。即ち、医薬分野におけるこのような判断は例外的と言うべきものでした。このように医薬分野以外にも適用されるとなれば、新規性論から考えると問題があるのかもしれません。また、欧米の新規性論との考え方とも異なってきます。

この判例は化粧品分野の発明に関するものですが、広く他の分野においても、物自体としては新規性がなくても、用途が異なれば特許を受けられる可能性が出てきたわけです。新規性・進歩性の改定審査基準においても、新たな用途を提供するものについて新規性ありとする取扱いを明確にしています。とは言っても、どのような用途の場合に特許を受けられるのかについては、明確であるとは言えません。とりあえず、事案ごとに判断されると言うことになるのでしょうが、今後、どのような場合に、新たな用途の提供に該当するのか、その辺りがポイントになるのでしょう。いずれにしても特許戦略としては十分に考慮すべきことと考えます。

なお、この判例の詳細は、裁判所ホームページ (http://www.courts.go.jp/) の裁判例情報から上記の事件番号 (平成18年 (行ケ) 第10227号) を入力することによりご覧になれます。また、特許庁ホームページ (http://www.jpo.go.jp/indexj.htm) の「特許電子図書館 (IPDL)」をクリックし、経過情報検索から1の番号照会に入り、番号種別を出願番号として、照会番号にH08-66079を入力して検索実行すれば、本特許出願の経過情報等を入手することができます。また、「特許・実用新案審査基準」は、特許庁ホームページ右上の「特許について」をクリックし、「基準・便覧・ガイドライン」から入手可能です。

以 上



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