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ニュースレターNo.19 「カラーセーフブリーチ増強剤、それを用いた組成物および洗濯方法 審決取消請求事件」

<概要>

今回は、平成18年 (行ケ) 第10208号 審決取消請求事件について検討してみました。この事件は、明細書の記載要件 (特許法第36条6項2号) 、即ち、特許請求の範囲に記載された特許を受けようとする発明が明確であるか否かについて争われたものです。

この事件は、発明の名称を「カラーセーフブリーチ増強剤、それを用いた組成物および洗濯方法」とする特許出願 (特願平10-513038号) に関するものです。

手続の経緯は次の通りです。原告 (特許出願人) は米国出願に基づく優先権主張を伴う国際出願をした後、日本国へ移行した。その後、日本国において手続補正をしたが拒絶査定がされたため審判請求をした。審判段階で手続補正がされたが、特許庁は本件審判の請求は成り立たない旨の審決をした。これに対して、原告(特許出願人)が審決取消を求めたのが本件である。

特許請求の範囲(補正後)は下記の通りです。

「【請求項1】ペルオキシゲン供給源と、下記式を有するブリーチ増強剤:

(上記式中R1〜R3は水素、あるいはアリール、ヘテロ環式環、アルキルおよびシクロアルキル基からなる群より選択される非置換または置換基である;R1およびR2は共通環の一部を形成している;Tは以下である:

上記式中xは0または1である;Jは、存在するとき、−CR11R12−、−CR11R12CR13R14−および−CR11R12CR13R14CR15R16−からなる群より選択される;R7〜R16はH、直鎖または分岐C1〜C18置換または非置換アルキル、アルキレン、オキシアルキレン、アリール、置換アリール、置換アリールカルボニル基およびアミド基からなる群より選択される;但し、R7〜R8のうち少なくとも一つはHまたはメチルでなければならず、R9もR10もHでないとき、R7〜R8のうち一つはHでなければならない;Zはxが1であるときJxに、およびxが0であるときCbに共有結合されていて、Zは−CO2−、−SO3−および−OSO3−からなる群より選択され、aは1であり、但しxが0であるときR7〜R10の少なくとも一つがHではなく、そしてただしxが1であるときR7〜R16の少なくとも一つが存在するときHではない)
を含んでなる、漂白組成物。」

A. 審決の理由の要点

請求項1の式中、R7〜R16の選択肢に「アルキレン、オキシアルキレン」と言う二価の基が含まれているのに対して、Tを表す式及び記号Jを表す式中においてR7〜R16はいずれも1つの炭素原子との結合のみを有する一価の基として記載されており、R7〜R16が二価の基であった場合にその基の他端が何に結合してどのような化学構造を有する化合物を形成するかが理解できない。そして、明細書の他の箇所にもそのことは記載されていない。

B. 審決取消事由 (原告主張) の要点

1. 取消事由1(特許法第36条6項2号の解釈・適用の誤り)

(1) 特許法第36条6項2号は、特許権の権利範囲を明確にする趣旨の規定であり、当業者が特許権の権利範囲内か否かを判断することができないような特許請求の範囲の記載を排除することを趣旨とする規定と解される。即ち、化学構造の明確性が問題になる特許では、権利範囲が明確になる限度で化学構造が示されていれば、当該特許請求の範囲の記載は同規定に適合すると考えるべきである。

請求項1のR7〜R16の選択肢についてみると、1価、2価にかかわらず、列挙された置換基を有しない場合には、権利範囲外にあることは明らかであり、列挙された置換基を有する場合には、他の要件を充足する限りで、権利範囲内であることは明らかである。請求項1において、権利範囲が明確になる限度で化学構造が示されている。

(2) 請求項1には、「置換アリール」との記載があり、「置換」の部分には何の限定もなく、どのような原子がいくつ結合してもかまわない記載となっている。審決が、第36条6項2号の解釈上、化学構造自体の明確性が必要であるとの考え方に立っているのであれば、「置換アリール」との記載についても不明確であると指摘するはずである。しかし、そのような指摘はない。「置換アリールカルボニル」についても同様である。

(3) 他の特許では、1本の結合手を有する基として記載された「アルキレン基」又は「オキシアルキレン基」との記載につき不明確として拒絶されていない。

2. 取消事由2 (請求項1の記載の明確性判断の誤り)

(技術常識を立証するための証拠を提出して以下のように主張している。)

第36条6項2号の解釈について、審決と同一の立場に立ったとしても、請求項1のアルキレン基、オキシアルキレン基の先にどのような基が結合するかは、出願時の当業者の技術常識の範囲に属するものである。当業者であれば、有機化合物の置換基として、アルキレン基またはオキシアルキレン基が記載されている場合には、化合物の特性に大きな変化をもたらさないような基、例えば、酸素を含むことのある炭化水素系の置換基が結合すると理解する。従って、その先の基が記載されていなくても化学構造は明確である。

C. 被告反論の要点

(裁判所の判断と重複するので省略します。)

D. 裁判所の判断の要点

1. 取消事由1(特許法第36条6項2号の解釈・適用の誤り) について

原告主張(1) について

原告の主張から見れば、原告は、特許請求の範囲では、化学構造の一部分のみを特定し、特定されていない部分は任意の基を意味するという形式の記載を許容することを前提とし、このような記載でも第36条6項2号の規定に適合すると主張していることになる。

そこで検討するに、一般に、化学物質においては、置換基が異なれば、別の化学物質であり、その性質や活性も異なるのが通常である。また、化学構造からその性質や活性を予測することが困難な場合も多く、例えば、大きさ、極性、官能基の有無や種類において類似する置換基であれば、ある程度予測可能であるとしても、置換基の性質が大きく異なればその予測は困難である。たとえ、一部分に共通する構造を有していても、異なる置換基部分の影響は、実験によらないと判明せず、実験によって初めてそれらの化学構造が共通した作用を有するか否かが確認される。ある共通する構造を有する化学物質群において、可変構造である置換基が如何なる基であっても、その発明の課題を解決するために必要な作用が共通するということを証明するには、種々の性質の異なる置換基を有する化学物質が共通した作用を有することを確認する必要がある。

以上の検討結果からすれば、特許請求の範囲に記載された化学物質が一定の性質を有することを主要な内容とする発明においては、特許請求の範囲で化学構造の一部分のみを特定し、特定されていない部分は任意の基を意味するという形式の記載は、特定されていない部分が発明の詳細な説明の記載や技術常識を参酌して、当業者が一定の範囲に特定することができるなどの特段の事情がない限り、同じ性質を有しない化学物質や同じ性質を有することが実験等によって確認されていない化学物質までもが特許権の権利範囲に含まれてしまう結果となるため、許容されない。

請求項1においては、結合手が一つであるR7〜R16の定義中に、2価の基である「アルキレン、オキシアルキレン」が含まれているから、選択肢が「アルキレン、オキシアルキレン」であるときには、当然に他端に何らかの基が結合することになる。本願明細書を検討しても、他端に結合する基は任意である。即ち、無限定の如何なる基であっても、本願発明の化学物質が持つ効果を有することを裏付けるに足りる証拠はないから、このような記載を許すと、本発明の作用効果を奏することが明らかではない物質まで含んでしまうことになる。

原告主張(2) について

審決は、不明確な記載として「アルキレン、オキシアルキレン」を指摘したのであるから、これ以外の「置換アリール」その他の文言の明確性は審決の結論を左右しない。

原告主張(3) について

特許を受けようとする発明の明確性は、個別に行われるものであり、本願以外の出願又は特許における明確性は審決の結論を左右しない。

2. 取消事由2 (請求項1の記載の明確性判断の誤り)について

提出された証拠は全て技術分野が異なり、技術的に何ら関係性がない。従って、全証拠を検討しても、本願発明において「化合物の特性に大きな変化をもたらさないような基」とはどのような基であるかが当業者の間に技術常識として存在していたとの事実を裏付けるに足りる証拠は見当たらず、本願明細書にもその旨の記載はない。

裁判所は、以上のように述べて、原告の主張を却下しました。

検討
本件の問題点は、化学式で示された一つの結合手を有する基R7〜R16の定義中に、2価の基である「アルキレン、オキシアルキレン」が含まれていたことでした。

原告特許出願人は、1価、2価にかかわらず、列挙された置換基を有する場合には、権利範囲内であることは明らかであると主張しました。ここで、原告は、「他の要件を充足する限り」とその前提を簡単に述べていますが、実はこの前提が重要なのです。この前提に関して、原告がこれ以上詳しく説明できなければ、審決を覆すことは殆ど不可能であったでしょう。裁判所は、この「他の要件」に関して丁寧に検討して、原告の主張を退けています。

また、原告は、置換アリール及び他の出願の例を持ち出していますが、これも所詮審決を覆すほどの理由にはならないと考えます。原告は、「当業者であれば、有機化合物の置換基として、アルキレン基またはオキシアルキレン基が記載されている場合には、化合物の特性に大きな変化をもたらさないような基、例えば、酸素を含むことのある炭化水素系の置換基が結合すると理解する。」と主張しています。アルキレン基、オキシアルキレン基の他端に炭化水素系の置換基が結合するなら、それは、R7〜R16の選択肢中に列挙されている置換または非置換アルキルに相当するのではないかとも考えられます。そう考えれば、拒絶理由のある「アルキレン、オキシアルキレン」を請求項から削除することもできたと思います。これをあえて削除せず、そのまま争う理由が何であったかは分かりかねます。しかし、この置換アルキルにしても、発明の詳細な説明には十分な記載はなく不明確であり、結局、かなり限定されたものにならざるを得ないことから、無理を承知で争ったのかもしれません。

いずれにせよ特許請求の範囲に化学構造を記載する際には、1価であるか2価であるか等については十分に注意して、かつ明細書中には必ず好ましいものを列挙する必要があることは言うまでもありません。また、置換アリール等の記載をした際にも、好ましい例示を挙げる必要があります。十分な例示があれば、この拒絶理由は解消できたと考えます。本件は米国出願に基づくものであり、各国間における記載不備に対する認識のずれがあったのかもしれません。いずれにせよPCT経由でわが国に入ってきた出願に関して、代理人が記載不備に気付いたとしても既に明細書に新規事柄を追加することはできないので元の記載のままで争うしかありません。日本から外国へ行く場合も同様ですので注意が必要です。

以 上



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