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ニュースレターNo.18 「殺菌剤組成物 審決取消請求事件」

<概要>

今回は、平成14年 (行ケ) 第180号 審決取消請求事件について検討してみました。この事件は、明細書の記載要件 (昭和60年法、特許法第36条第3項) 、即ち、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果が記載されているか否かについて争われたものです。

この事件は、発明の名称を「殺菌剤組成物」とする特許権 (特許第1988234号) に関するものです。

手続の経緯は次の通りです。原告から本件特許に無効審判請求がなされ、次いで、該審理において被告 (特許権者) から訂正請求がなされた。これに対して、特許庁は、訂正を認めると共に、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をした。これに対して、原告 (無効審判請求人) が審決取消を求めたのが本件である。

被告特許権の特許請求の範囲(訂正後)は下記の通りです。

「【請求項1】殺菌剤の有効成分としてポビドンヨード0.2〜30 (w/v) %のみと、ジオクチルソジウムスルホサクシネート及びポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムから選択された少なくとも1種類の物質からなるアニオン系界面活性剤0.025〜10 (w/v) %と、溶媒とからなる殺菌剤組成物。」

本件の争点は、特許請求の範囲に記載された殺菌剤組成物のうち、ポビドンヨードとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムとを含有する殺菌剤組成物を、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果が記載されているか否かと言うところにありました。その他、訂正の適否、新規性及び進歩性についても争われましたが、ここでは省略致します。

A. 審決の理由の要点

審判請求人 (本件の原告) は、ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムをポビドンヨードと併用した場合に如何なる殺菌力が得られるかについて、訂正明細書には何ら具体的な試験結果が示されていないと主張する。

しかし、ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムとポビドンヨードを併用した殺菌剤組成物は訂正明細書に「処方7」として記載されており、その殺菌力試験の方法が記載されている。更に、訂正発明において、ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムと同じように作用し、同等の結果が得られるものとして認識されているジオクチルソジウムスルホサクシネートに関して、ポビドンヨードと併用した場合の殺菌力試験結果が記載されている (処方6) 。従って、当業者であれば、ポビドンヨードとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを含有する組成物の殺菌効果を追試することができるものと認められる。また、その結果に関しても、ジオクチルソジウムスルホサクシネートと併用した場合の効果の記載があれば、当業者が通常予想できるものと認められる。

そして、提出された証拠 (本訴甲7) におけるポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム1.0g及びポビドンヨード10gを含有する殺菌剤組成物の処方の殺菌力試験の結果より、ポビドンヨードとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを併用した殺菌剤組成物が優れた殺菌効果を有することが確認できる。

B. 原告の主張の要点

(1) 訂正明細書には「処方7」を試料として殺菌効果に関する試験を行ったことは何ら記載されていない。訂正明細書には「本発明による殺菌剤組成物 (処方例5及び6) の抗菌力は他の殺菌剤組成物と比較して著しく優れていることが判明した。」と記載され、「処方7」については殺菌効果に関する試験が行われた痕跡は全くない。従って、訂正明細書の記載に基づいて、ポビドンヨードと共にポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを使用した場合の殺菌効果を論ずる余地は全くない。
審決は、「ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムは、本件訂正発明におけるアニオン界面活性剤の選択肢の一つとしてジオクチルソジウムスルホサクシネートと並列的に記載されている。即ち、訂正発明においては、ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムはジオクチルソジウムスルホサクシネートと同じように作用し、同等の結果が得られるものとして認識されていると認められる。・・・」との認定を根拠に判断した。

しかし、単に、「並列的に記載されている」からと言う理由のみで、「同等の結果が得られるものとして認識されている」と言う結論を導く余地は全くあり得ない。「ジオクチルソジウムスルホサクシネート」は、「ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム」とは、化学構造が全く異なる物質であるから、その一方から他方の効果を類推することは不可能である。

(2) 訂正発明は、ポビドンヨードのみと、特に選択的にポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを用いると殺菌効果が著しく増強すると言う、まさに、選択発明に該当するものであるから、かような特定の選択発明が特許要件を充足すると言い得るためには、第一に、かような特定の選択発明が訂正明細書に開示されていなければならないことは言うまでもない。しかし、訂正明細書には、訂正発明の特定の組合せの効果が全く開示されていない。

(3) 本件審判請求事件において被告が証拠 (本訴甲7) を提出したのは、本件審判手続中である。甲7記載の試験結果は本件特許の出願後の事実であって、訂正発明が特許要件を充足することを何ら立証する資料ではない。審判官がこれを出願時の実施例と同等の事実として取り扱ったのは妥当ではない。

C. 被告反論の要点

(重複するので省略します。)

D. 裁判所の判断の要点

原告の主張 (1) について

訂正明細書には、「ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム」を配合した訂正発明の殺菌剤組成物についての殺菌力を示す具体的な試験データは存在しない。訂正明細書においては、「アニオン系界面活性剤を存在させるとポビドンヨードの抗菌力が著しく増強するとの知見」に基づき、「表1」において、アニオン系界面活性剤がノニオン系界面活性剤に対置して記載され、「表1−b」の記載により、アニオン系界面活性剤を配合した2つの処方例 (処方5及び6) の殺菌力が、ノニオン系界面活性剤及び界面活性剤の配合なしの各処方 (夫々、処方2、3及び4並びに処方1) に比べて共に同程度に優れていることが示されている。即ち、訂正明細書においては、配合成分としてノニオン系界面活性剤の群とアニオン系界面活性剤の群とが対比され、アニオン系界面活性剤を配合した処方例群は共に殺菌力の増強効果があるが、ノニオン系界面活性剤を用いた処方例群には殺菌力の増強効果がないことが示されているものと認められる。従って、訂正明細書の記載から、訂正発明の殺菌剤組成物における殺菌力の増強効果は、アニオン系界面活性剤を配合したことに基づくものと認められる。そして、「ラウリル硫酸ナトリウム」と「ジオクチルソジウムスルホサクシネート」は親水性部分「−SO3Na」が共通し、疎水性部分の化学構造が異なるものであるが、上記の認定によれば、それらを配合した殺菌剤組成物の処方例 (処方5、処方6) は同等の殺菌力を示していることが認められる。他方、「ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム」は上記2種の物質とは、親水性部分の「−SO3Na」が共通し、疎水性部分の化学構造が異なるものではあるにしても、同じ親水性基を有するアニオン系界面活性剤に属する物質であるから、当業者は、この物質を配合した殺菌剤組成物の処方例の殺菌力は、他の2種のアニオン系界面活性剤を配合した処方例と同等であると予想することは容易であると認められる。

原告の主張 (2) について

訂正明細書にはノニオン系界面活性剤とアニオン系界面活性剤の群からアニオン系界面活性剤を選択的に用いたことは認められるにしても、アニオン系界面活性剤の中から「ラウリル硫酸ナトリウム」、「ジオクチルソジウムスルホサクシネート」、「ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム」の特定の物質を殺菌力が優れているものとして選択したことを示す記載は認められない。アニオン系界面活性剤の中から特定のアニオン系界面活性剤に特定する訂正は、先行技術との重複の恐れがある場合を除くためのものと認められ、原告が主張するようなアニオン系界面活性剤の中から特定の物質を選択してその顕著な効果を主張する選択発明として成立させるためのものと認め得る証拠はない。

原告の主張 (3) について
ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムを配合した訂正発明の殺菌剤組成物は、殺菌効果を増強させる効果を有することが確証されている他のアニオン系界面活性剤と同等の効果を奏することが容易に予想されることは上記の通りである。

従って、具体的データがなくとも、訂正明細書の発明の詳細な記載は特許法第36条第3項に規定する要件を満たすものと認められるものであり、それは甲7記載の試験結果を根拠とするものではない。甲7記載の試験結果は、訂正明細書の記載により予測される結果を確認するための資料として提出されたものであって、その試験結果が本件特許の出願後のものであることは問題にならない。

裁判所は、以上のように述べて、原告の主張を却下しました。

検討

本件の問題点は、ポビドンヨードとラウリル硫酸ナトリウムとを含有する殺菌剤組成物 (処方5) とポビドンヨードとジオクチルソジウムスルホサクシネートとを含有する殺菌剤組成物 (処方6) との両者の効果の結果から、ポビドンヨードとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムとを含有する殺菌剤組成物 (処方7) の効果が予測可能か否かということでした。

原告の主張は、ジオクチルソジウムスルホサクシネートとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムとが並列記載されているからと言って、これらが同等の効果を有するとは認められないこと、加えてジオクチルソジウムスルホサクシネートとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムとは化学構造が全く異なるので、一方から他方の効果を類推することは不可能であると言うことにありました。確かに、審決の内容ではこのあたりの理由付けが十分であるとは言えません。化学物質を、例えば、請求項に並列に記載したからと言って、それだけで同等の効果を有するなどとは認められるはずもありませんし、並列記載した化学物質の化学構造が全く異なるのであればなおさらです。

しかし、審決の記載が十分ではなかったとしても、当然、上記裁判所の判断と同様な判断に基づくものであったと考えるのが一般的です。従って、原告が審決の内容のみをとらえて反論したのは不十分であったと考えます。ジオクチルソジウムスルホサクシネートとポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムはいずれもアニオン系界面活性剤に属し、かつその化学構造も親水性部分が「−SO3Na」で統一されていると言うことは当業者なら直ちに分かることです。即ち、並列記載されている物質は同系列の物質であると言うことです。そこに何の言及もせず、化学構造が全く異なると単に主張しただけでは認められないのも無理はありません。各物質の異なる構造部分、即ち、親水性部分以外の構造が、効果の予測にどのように影響を及ぼすのかを説得力をもって説明しなければ審決を覆すことはできないと考えます。原告としてもそのようなことは十分に考えたが、よい理由が見つからなかったのかもしれません。

一方、特許権者 (被告) は、特許出願時においては、「処方7」の試験は実施していなかったはずです。実施していれば結果を実施例に記載したはずです。しかし、特許出願時において「処方7」が「処方5」及び「処方6」と同様の効果を奏するものと予測していたと考えます。たとえ、その結果が実験をしてみなければ確証できなかったとしても、上記の予測に従って明細書を作成したと考えます。そして、事後的に実施した試験において、「処方5」及び「処方6」と同様の効果を奏すると言う予測を確かめ、その通りの結果となったわけです。十分に方針が練られた上に作成された良い明細書であると思います。

本件では、前回のニュースレターでご説明した事件とは反対に、事後的に提出した実験成績証明書を参酌しています。裁判所の判断にもありますように、事後的な実験成績証明書が参酌されるのは、単に予測される効果を確認するためのみの場合です。明細書等に記載のない事項を補うことを目的とする実験成績証明書は参酌されません。

なお、この判例の詳細は、裁判所ホームページ (http://www.courts.go.jp/) の裁判例情報から上記の事件番号 (平成14年 (行ケ) 第180号) を入力することによりご覧になれます。また、特許庁ホームページ (http://www.jpo.go.jp/) の「特許電子図書館 (IPDL)」をクリックし、経過情報検索から1の番号照会に入り、番号種別を登録番号として、照会番号に1988234を入力して検索実行すれば、本特許権の経過情報を入手することができます。詳しくご覧になりたい方はこちらをご利用下さい。

以 上



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