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ニュースレターNo.17 「結晶ラクチュロース三水和物とその製造法 審決取消訴訟事件」

<概要>

今回は、平成17年 (行ケ) 第10205号 審決取消訴訟事件について検討してみました。この事件は、実施可能要件、即ち、請求項に記載された物質が製造可能か否かについて争われたものです。

この事件は、発明の名称を「結晶ラクチュロース三水和物とその製造法」とする特許権 (特許第2848721号)に関するものです。

手続の経緯は次の通りです。原告から本件特許に特許異議申立がなされ、次いで、該審理において被告から訂正請求がされた。これに対して、特許庁は、訂正を認めると共に特許維持の決定をした。そこで、原告は本件特許に無効審判を請求した。これに対して、特許庁が審判の請求は成り立たない旨の審決をしたので、原告が審決取消を求めたのが本件である。

被告特許権の特許請求の範囲(請求項1及び3、請求項2は省略します)は下記の通りです。なお、下線部分は訂正により追加された箇所であり、訂正前は「ラクチュロース」でした。

「【請求項1】C12H22O11・3H2Oの分子式を有する結晶ラクチュロース三水和物。
【請求項2】(省略)
【請求項3】固形分中無水ラクチュロース換算でラクチュロースを70〜90% (重量) の割合で含有するラクチュロース・シロップを、このシロップに含まれている乳糖の水中糖比、および全固形分含量がそれぞれ10% (重量) 以下および65〜75% (重量) の範囲に濃縮し、濃縮したシロップを2〜20℃の温度に冷却し、ラクチュロース三水和物を種晶添加し、攪拌して結晶ラクチュロース三水和物を生成させたのち、この三水和物を分離することを特徴とする結晶ラクチュロース三水和物の製造法。」

本件の争点は、特許請求の範囲に記載された結晶ラクチュロース三水和物が、明細書の記載から製造可能か否かと言うことでした。

A. 原告の主張の要点

審決は、本件明細書の段落【0012】の記載によれば、三水和物を析出させるための多くの情報が明らかにされているとして、「このような条件を満足する処理を行えば、ラクチュロース三水和物が生成することは、・・・明らかなことである。」とするが誤りである。(参考のために、訂正明細書の段落【0012】のコピーを添付しています。)

本件明細書には、ラクチュロース三水和物の製造法の再現に必須であるラクチュロース三水和物をどのようにして初めて得るかについての情報が欠けている。本件明細書の実施例には、新規物質であるラクチュロース三水和物を製造するのに、当該新規物質を種晶として用いる方法が記載されている。原料物質となる結晶ラクチュロース三水和物が、既に得られたことを前提としているが、結晶ラクチュロース三水和物をどのようにして最初に製造するかについての具体的な情報は存在しない。

B. 被告反論の要点

本件明細書には、ラクチュロース無水物を種晶としてラクチュロース三水和物を得ることが記載されている。

(i)本件出願前には、「ラクチュロース」と言えばラクチュロース無水物しか存在しなかった。従って、段落【0012】の「・・・ラクチュロースを種晶添加し、攪拌して結晶を析出させる。」の記載を読んだ当業者は、文字通り、ラクチュロース無水物を種晶添加すると理解するのである。この記載は、ラクチュロース無水物を種晶としてラクチュロース三水和物が得られることを明記している。上記記載に続く、「種晶添加 (シーディング) するラクチュロースは、三水和物を使用する」との記載は、工業的に、短時間、確実、大量にラクチュロース三水和物を得るには、実施例記載の通り、ラクチュロース三水和物を種晶として使用すると言う意味である。

(ii)段落【0012】の「ラクチュロースを種晶添加し」との記載における「ラクチュロース」をラクチュロース三水和物と読んだとしても、また、実施例にラクチュロース三水和物を種晶として使用することが記載されていても、種晶として使用するラクチュロース三水和物が存在しないのであれば、当業者は、従来唯一知られているラクチュロース無水物を種晶として使用することは当然である。

(iii)本件明細書の実施例1〜3には、ラクチュロース三水和物を過飽和にする条件が記載されている。ここにラクチュロース三水和物を析出するための諸条件が余すところなく記載されていることは、当業者が直ちに認識する。しかも、実施例1〜3における析出条件は、従来公知のラクチュロース無水物を得るための条件と異なるから、本件明細書を見た当業者は、実施例に記載された溶液中にラクチュロース無水物を種晶として添加しても、ラクチュロース無水物は結晶として析出せずラクチュロース三水和物が析出すると予想する (従来公知のラクチュロース無水物を得るための条件が記載された証拠を提出して陳述している) 。ラクチュロース三水和物を有しない当業者が、ラクチュロース分子として、得られる結晶において異物とならないラクチュロース無水物を種晶として添加することは当然の帰結である。

(iv)種晶には目的物質と同じ物質を使用することが多いが、同じ物質でなくとも既に過飽和状態にある溶液が種晶として添加された物質をきっかけとして結晶化することは、当業者に広く知られている (証拠を提出して反論している) 。ラクチュロース三水和物を種晶としてラクチュロース三水和物を得るとの記載に接した当業者が、ラクチュロース三水和物を有しない場合にそのまま実施不能になることはあり得ない。

(v)本件明細書の記載に基づいて実際にラクチュロース無水物を種晶として使用しても、ラクチュロース三水和物が得られることは、追試実験からも裏付けられる。

C. 裁判所の判断の要点

被告反論(i)について

段落【0012】においては、「ラクチュロースを種晶添加し」との記載に続いて「種晶添加 (シーディング) するラクチュロースは、三水和物を使用する」と記載され、種晶添加するラクチュロースの種類が限定されているのであるから、「ラクチュロースを種晶添加し」の「ラクチュロース」は「三水和物」を意味するものと認められる。従って、本件出願時に「ラクチュロース」として「無水物」しか知られていなかったとしても、段落【0012】の記載をもって、ラクチュロース無水物を種晶としてラクチュロース三水和物が得られることが記載されていると認めることはできない。

被告反論(ii)について

ラクチュロース結晶として唯一知られていたのが無水物であったと言うだけの理由で、当業者にとって、ラクチュロース無水物を種晶として使用することが当然のことであったと言うことはできない。

被告反論(iii)について

従来公知のラクチュロース無水物を得るための発明の一つである、証拠として提出された公開公報の実施例と本件の実施例との製造条件の違いとして被告が挙げるのは、(i)結晶化液固形分中ラクチュロース純度が低いこと、(ii)結晶化時間が長いこと、(iii)結晶物の乾燥温度が加温しない室温であること、(iv)仕込み時のラクチュロース量に対する回収物収率が比較的低いこと、及び(v)回収物中のラクチュロース含量がより低いことの5点である。本件明細書の記載に基づけば、(i)は、原料として使用するラクチュロース・シロップを精製してラクチュロース純度を高くする必要がないことを意味するに過ぎず、(ii)は、析出する結晶を大きくするために必要な条件に過ぎず、(iii)は、乾燥温度の実質的な相違を意味しておらず、かつ(iv)及び(v)は、結晶の種類が同じであっても結晶化条件が異なれば当然異なると解されるから、これらの相違が析出した結晶の種類の相違を意味するとは認められない。このように、被告が主張する(i)〜(v)の点は、析出する結晶の種類に関係するとは認められず、ラクチュロース三水和物を得るための特異的条件であると解することはできない。

被告反論(iv)について

被告の提出した証拠の記載によれば、目的物質と同じ物質でなくとも種晶として使用できる場合があることが認められるが、ラクチュロース三水和物がラクチュロース三水和物以外の種晶を使用して製造できることまでを認めることはできない。

被告反論(v)について

上記の通り、本件出願時の技術常識を考慮しても本件明細書の記載から、当業者が種晶としてラクチュロース無水物を使用してラクチュロース三水和物を製造する方法を知り得るものと認めることができないのであるから、被告の挙げる追試実験の結果を本件明細書の記載を補完するものとして参酌することはできない。

裁判所は、以上のように述べて、被告の主張を却下しました。

検討

本件の問題点は、新規なラクチュロース三水和物を製造するに際して、新規なラクチュロース三水和物を、原料である種晶として使用すると言うところにありました。このラクチュロース三水和物を、まず、どのようにして得るのかを明確にする必要があったと考えます。最初に明細書を作成する時点で、おかしいと気がつかなければいけないことです。それに気がついていれば、何と言うことはなかったのではないかと考えます。また、訂正により「種晶添加 (シーディング) するラクチュロースは、三水和物が望ましい。」と言う記載を「種晶添加 (シーディング) するラクチュロースは、三水和物を使用する。」としたのも結果として良くなかったと考えます。新規性、進歩性の異議理由の回避にとらわれる余り、この時点でも上記の問題を見過ごしてしまったのでしょうか。この訂正の時点なら、特許出願時には結晶ラクチュロースがラクチュロース無水物のみしか存在しなかったことを理由に、「種晶添加 (シーディング) するラクチュロースとしては、好ましくは無水物、より好ましくは三水和物を使用する。」のように訂正できたかもしれません。少なくとも本件審決取消訴訟時に上記のように反論するよりは得策であったと思います。このような訂正が認められれば、少なくとも、「種晶としてラクチュロース無水物を使用してラクチュロース三水和物が得られることが記載されていると認めることはできない」と言う結論は回避し得たと考えます。また、実験成績証明書の内容を参酌してもらえたかもしれません。

本件では、前回のニュースレターでご説明した事件同様、事後的に提出した実験成績証明書を参酌していません。要するに、実施可能要件は、明細書等に記載された事項と出願時の技術常識に基づいて判断されるべきものであり、これらに基づいて実施可能要件を満たしていると認められる必要があるのです。実験成績証明書により、実施可能要件を満たしたとしても、それは参酌されません。明細書等に記載のない事項を補うことを目的とする実験成績証明書は、実施可能要件を満たす根拠にはならないのです。このことを十分肝に銘じておく必要があります。従来は、審査官や審判官からデータが足りないから、これこれしかじかのデータを追加して提出して下さいなどと言うことも行われていました。しかし、現在は非常に厳格になってきています。

次回のニュースレターでは、事後的に提出した実験成績証明書が参酌された判例を取り上げたいと思います。

なお、この判例の詳細は、裁判所ホームページ (http://www.courts.go.jp/) の裁判例情報から上記の事件番号 (平成17年 (行ケ) 第10205号) を入力することによりご覧になれます。また、特許庁ホームページ (http://www.jpo.go.jp/indexj.htm) の「特許電子図書館 (IPDL)」をクリックし、経過情報検索から1の番号照会に入り、番号種別を登録番号として、照会番号に2848721を入力して検索実行すれば、本特許権の経過情報と共に訂正明細書等の公報を入手することができます。

以 上



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