<概要>
今回は、平成16年 (行ケ) 第290号 審決取消訴訟事件について検討してみました。この事件も前回のニュースレターと同様に平均粒径の測定法について争われたものです。
この事件は、発明の名称を「線状低密度ポリエチレン系複合フィルム」とする特許権 (特許第3199160号) に関するものです。
手続の経緯は次の通りです。まず、本件特許に特許異議申立がなされ、特許庁は特許取消決定をした。原告特許権者は、該決定に対して取消訴訟を提起した。そして、原告は該訴訟の係属中に本件特許明細書を訂正する訂正審判を請求した。特許庁はこれを審理し、特許法第36条第4項 (実施可能要件) 及び第5項第2号 (明確性要件) の要件を満たしておらず特許法第126条第3項 (独立特許要件) の規定に適合しないとして、本件訂正審判請求は成り立たないとの審決をした。
原告特許権の訂正審判請求前の特許請求の範囲 (請求項1) は下記の通りです。
「平均粒径が3〜15μmの不活性微粒子を0.3〜2重量%を含む密度が0.88〜0.91g/cm3であり、重量平均分子量/数平均分子量が1〜3である線状低密度ポリエチレンよりなるA層と、平均粒径が2〜7μmの不活性微粒子を0.3〜1.5重量%を含む密度が0.905g/cm3以上で、かつA層に用いた線状低密度ポリエチレンの密度より高い密度である線状低密度ポリエチレンよりなるB層とからなることを特徴とする線状低密度ポリエチレン系複合フィルム。」
訂正審判請求による訂正の内容は下記の通りです。
「B層とからなる」とあるのを「B層とからなり、前記不活性微粒子が、球状シリカ、球状ゼオライトまたは球状架橋ポリメチルメタクリレート粒子である」と訂正しました。
A. 原告の主張の要点
1. 特許法第36条第5項第2号 (明確性要件) 違反の判断の誤り
審決は「本件特許発明に係る不活性微粒子の平均粒径については、代表径、平均粒径、粒度分布のいずれも定まらず、平均粒径の定義・意味が定まらないから、訂正明細書の特許請求の範囲の記載は、発明が明確であるとは言えない」としている。
しかし、本件訂正は、不活性微粒子として「球状シリカ」、「球状ゼオライト」、「球状架橋ポリメチルメタクリレート」のいずれか一つを用いることとして、粒子形状を特定していなかったことによる不明瞭さを解消したものである。この訂正により、本件発明で用いる不活性微粒子は、平均粒径についても特定されたことになる。即ち、平均粒径の算定の前提となる代表径について、「粒子が球状であれば、その大きさを直径で表して差し支えないであろう」及び「粒子がすべて球形や立方体であるならば、直径や一辺の長さでその大きさを示すことができる・・・」と証拠に記載されていることからすれば、粒子径の測定方法が多種あるとしても、本件訂正により、粒子の形状は球形であると特定したのであるから、代表径の意義が球の直径であることは明らかである。
被告は、「真球」とまでは表現されていない点にこだわり、平均粒径の定義・意味、粒度分布、代表径が不明である、測定機器による差異及び測定誤差を加味する必要があると主張している。しかし、「球状」であると特定した以上、その直径を観念できることは当然である。
そもそも、本件発明において、平均粒径を厳密に定義する必要はない。本件発明の構成要件中、平均粒径の上限値及び下限値は、本件発明が達成しようとする課題の解決と言う本質部分に関係しないものであり、臨界的意義が要求されない部分である。即ち、A、Bいずれかの層に配合される不活性微粒子とも、その大きさは、小さ過ぎると滑り性や耐ブロッキング性が悪く、大き過ぎると外観が悪いと言うことに関係するに過ぎない。この平均粒径の上限値及び下限値の意味は公知であり、本件発明の本質とは言えない。従って、それを厳密に定義する必要はない。
被告はこの点について、特許請求の範囲は発明特定事項を記載するものであり、発明特定事項として記載された平均粒径の値は、本質部分から外れるような事項ではないと述べている。しかし、本件発明において、平均粒径の範囲を特定することの技術的意義が他の発明特定要素の技術的意義に比べて低いことは上記の通りである。
2. 特許法第36条第4項 (実施可能要件) 違反の判断の誤り
審決は「訂正明細書の発明の詳細な説明の項は、当業者が発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載したものであるとは到底認められず」としている。これは、本件発明における平均粒径の種類及び測定方法、あるいは球状と特定された各材料から成る微粒子がいかにして得られたのか、どの程度球状なのかについて何ら記載されておらず、粒子が特定できないとすることに基づくものである。しかし、平均粒径の定義・意味が明らかであり、その結果、粒子が特定できることは、上記の通りである。
訂正明細書に平均粒径の測定方法が記載されていなくても、本件発明の実施は可能である。本件発明の不活性微粒子の平均粒径の数値範囲にあてはめて実施できるのである。測定の必要などない。当業者にとって、本件発明の不活性微粒子が「真球」であるとまで特定されていなくとも、「球状」であることからその直径を観念でき、平均粒径の定義・意味が体積平均径であることが明らかであること、そしてメーカーにおいて一般的に体積平均径が公称値となっていることから、メーカーの公称値 (体積平均径) が本件発明の数値範囲にそのままあてはまると信じることができるのである。なお、メーカー間で測定方法が異なっているとしても、「球状シリカ」、「球状ゼオライト」及び「球状架橋ポリメチルメタクリレート」のいずれも、測定方法を変えても、確認された平均粒径は、それらのカタログに記載された公称値から見て、実質的に測定誤差と言い得るほどの範囲であり、当業者がメーカーの公称値を信じて本件発明を実施することに何ら支障はない。
B. 被告主張の要点
1. 特許法第36条第5項第2号 (明確性要件) 違反の判断の誤り
訂正明細書の平均粒径に関する記載を見ると、不活性微粒子は1種類でも、平均粒径の異なるものを2種以上併用してもかまわないこと、有機質であっても無機質であってもかまわないこと、粒子の形状も特に制限しないこと (例えば、「実質的球状あるいはラグビーボール状のものが好ましい」との記載がある)、及び粒子の平均粒径がどの程度の大きさのものかが記載されているに過ぎない。つまり、発明の詳細な説明の記載においては、「球状」は不活性微粒子の単なる一例に過ぎないとの位置付けであって、球の直径を観念できないようなものについても言及されている。従って、審決が指摘する通り、「球状」と言うだけでは (「真球」ではない以上) 、代表径が直径に限定されるものではない。
加えて、本件発明では「平均粒径」と記載されているのみで、その定義又は種類、測定方法又は測定装置の特定はなく、あるいは用いている球状の不活性微粒子が市販品なのか、製造・調製して得たものなのか、更には、平均粒径の数値が公称値なのか、実際に測定した数値なのかも特定されていない。そして、平均粒径の定義又は種類、分布基準の違いによって、平均粒径は大きく異なってくるのであるから、本件発明の平均粒径がいかなるものかは、依然として不明であると言わざるを得ない。
本件発明は発明特定事項として球状の不活性微粒子の平均粒径を特定の数値範囲に限定して、二律背反する性質 (滑り性や耐ブロッキング性の向上と外観の向上) を同時に達成しようとするものであるから、平均粒径の数値範囲には意味がある。
原告は、証拠を提出して測定法による違いは無視し得る程度であると主張する。しかし、得られる平均粒径の数値は、粒子の個数、体積、重量、長さなど測定対象の違い、同じ対象であっても測定原理の違い、同じ測定原理であっても測定機器間の違いにより、得られる平均粒径の数値に相違が生ずることは明らかである。
そうすると、本件訂正により、不活性微粒子が「球状」のものに特定されても、更に平均粒径の定義又は種類を特定するか、測定方法を特定するか、あるいはメーカー及び商品名を特定するかしない限り、本件発明の不活性微粒子の平均粒径の数値範囲は特定されないことになる。
2. 特許法第36条第4項 (実施可能要件) 違反の判断の誤り
訂正明細書には、本件発明の実施に用いる不活性微粒子のメーカー名及び商品名は記載されていない。市販品をそのまま用いて本発明を実施できると言うのは、明細書の記載に基づかない主張である。
上記のように平均粒径の定義又は種類、その測定方法は多数あり、いずれを採るかによりその測定値は全く異なる。そしてメーカー間で採用される測定方法は異なる。そうすると、当業者が、訂正明細書を読んでも、どのような平均粒径をとればよいのか、どの測定方法を採用すれば良いのか全く分からない。従って、本件発明の数値範囲内にある平均粒径の球状の不活性微粒子が得られないことになって、本件発明を実施できないのは明らかである。
C. 裁判所の判断の要点
1. 特許法第36条第5項第2号 (明確性要件) 違反の判断の誤り
証拠には、一辺が7μmの立方体が4個、6μmと8μmの立方体が各3個、5μmと9μmの立方体が各2個、4μmと10μmの立方体が各1個の合計16個の立方体からなる粒子群について、長さ平均径、面積平均径及び体積 (重量) 平均径を基準とした平均粒径が、夫々、7μm、7.17μm、7.34μmとなることが示されており、また、面積長さ平均径は7.4μm、体面積平均径は7.7μmとなることも示されている。これによれば、単純な分布モデルに関して平均粒径を計算しても、長さ、面積あるいは体積のどれを基準とするかで、最大10%程度の差があることが分かる。該モデルでは、粒子の形状は立方体であるが、球であっても変わらないことは当然である。また、分布次第では上記の差がもっと大きくなることも予想される。従って、平均粒径の定義・意味、測定方法を特定しなければ、平均粒径の意義は明確ではない。
また、訂正明細書の記載には、平均粒径の定義・意味、測定方法について特定されておらず、また、球状の不活性微粒子の具体的な製品名も挙げられていない。その他、それらを把握する手掛かりとなる記載もない。そうすると、当業者は訂正明細書に接しても、その平均粒径として示された値が如何なるものであるか把握できないことになる。もっとも、明記がない場合に如何なるものが採用されるか当業者間の共通の理解があれば、特定されると言う余地はある。しかし、そのような理解があるとは認められない。
以上の通り、平均粒径の定義・意味、その測定方法如何で、その数値は有意に異なってくる。しかも、いずれの定義・意味ないし測定方法も実際に使用されており、当業者間において、明記がない場合にどれを使用するのが通常であるとの共通の認識があったと認めることもできないのであるから、訂正明細書においても、それについて定義する必要がある。
本発明の目的に照らせば、平均粒径を一定の範囲のものにすることは、少なくとも耐ブロッキング性を確保するのに必要であると言うのであるから、本発明の本質的部分であることは明らかである。そうである以上、平均粒径が上記効果を達成できないような数値であってはならないのは当然であるから、厳密に定める必要がないとは言えない。
2. 特許法第36条第4項 (実施可能要件) 違反の判断の誤り
本発明において平均粒径の定義を特定できず、またメーカー名・商品名での特定もない以上、当業者は、どのような平均粒径を持った球状の不活性微粒子を用いればよいのかわからないのであるから、本件発明を実施できないことは明らかである。
原告は、本件発明で用いる球状シリカ、球状ゼオライト又は球状架橋ポリメチルメタクリレートは、いずれも市販品として入手容易なものばかりであり、それを用いて実施できると主張する。しかし、球状の不活性微粒子として、メーカーの公称値が特許請求の範囲に記載された平均粒径の範囲に当てはまれば、どのような製品でも使用できるなどと言う記載は訂正明細書にはなく、現実に、そうであると認めるに足りる証拠もない。
裁判所は、以上のように述べて、原告の主張を却下しました。
検討
本件の問題点は、特許請求の範囲に発明の構成要件として平均粒径を記載したにもかかわらず、その平均粒径の意義、例えば、測定方法等が明細書全体に記載されていなかったことです。前回のニュースレターで取り上げた事件と同様のケースです。前回の場合は、当初明細書の特許請求の範囲には平均粒径の記載はなく、後日、補正により追加されたものでした。しかし、今回は出願時から特許請求の範囲に平均粒径の記載があったことに鑑みれば、明細書作成者の責任はより重いのかもしれません。
前回の件では、特許請求の範囲に「平均粒子径は10μm以下」と記載され、明細書には「遠赤外線放射材料と放射線源材料はできるだけ細かな粒子の微粉末とすることが好ましく、一般に、10μm以下の平均粒子径とすることが好ましい。より好ましいのは、0.5〜1μm程度の平均粒子径である。」と記載されていました。粒子は平均粒子径10μm以下であり、細かければ細かいほど良いと言うものでした。従って、「確かに、明細書には平均粒子径の測定法は記載されていません。このことは、測定法自体は任意と言うことであり、如何なる測定法でも良いことを意味するものです。従って、当該技術分野における平均粒子径を測定するための一般的な全ての方法において、平均粒子径が10μm以下であれば本発明を満足することを意図するものです。」と言うような反論も可能であったかもしれません。しかし、本件では、平均粒子径の範囲は3〜15μm及び2〜7μmと非常に狭いので、このような反論は無理であろうと思われます。
いずれにせよ、特許請求の範囲に記載した構成要件は発明を特定する重要な役割を担うものですから、その文言の意義は明細書中に明確に記載しなければなりません。ニュースレターでは平均粒径に関して問題が生じた判例を2件紹介致しましたが、平均粒径の測定法が問題になった判例は今までに数多くあるようです。従って、明細書中に粒度、例えば、平均粒径、粒度分布の記載をした時には、必ず測定法を明記すると言うことに心がける必要があります。もちろん、粒度の問題だけではなく他のパラメーター、例えば、分子量、粘度、各種強度等についても十分な注意が必要です。本件においても前回の件においても、平均粒径の測定法に関する問題は審査段階では見逃されて、一旦は特許として成立していたところにも問題はあるのでしょう。これは審査段階での単なる見落としか、それとも裁判所との考えの相違なのかも問題です。
それから、特許請求の範囲に平均粒径と共に粒度分布を記載することがあります。ご承知のことと思いますが、この粒度分布の記載にも注意が必要です。例えば、「粒子は50〜100μmの粒径範囲にある」と記載するより、「50〜100μmの粒径の粒子が95重量%以上である」と書いた方が良いはずです。これにより、上記上限値より大きな粒子及び上記下限値より小さな粒子が多少混入したものでも、上記の粒度範囲に含まれると主張し得ると考えます。
以 上