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ニュースレターNo.14 「遠赤外線放射体 特許権侵害差止請求事件」

<概要>

今回は、平成18年 (ワ) 第11880号 特許権侵害差止請求事件について検討してみました。

この事件は、発明の名称を「遠赤外線放射体」とする特許権に関するものです。原告である特許権者が、被告製品について、その製造販売等する行為が、原告特許権を侵害するものとして差止、廃棄及び損害賠償を求めたものです。

原告特許権 (特許第3085182号) の特許請求の範囲は下記の通りです。
「セラミックス遠赤外線放射材料の粉末と、全体に対し自然放射性元素の酸化トリウムの含有量として換算して0.3以上2.0重量%以下に調整したモナザイトの粉末とを共に10μm以下の平均粒子径としてなる混合物を、焼成し、複合化してなることを特徴とする遠赤外線放射体。」

原告、被告間の争点は種々ありましたが、裁判所は、構成要件「平均粒子径」に関する記載不備の無効理由のみについて検討して侵害の有無を判断しています。

A. 被告の主張の要点は下記の通りです。
本件発明は、セラミックス遠赤外線放射材料の粉末とモナザイト粉末とを、「共に10μm以下の平均粒子径としてなる混合物」とするものである。しかし、明細書には、「平均粒子径」の定義及び説明がどこにも記載されていない上、平均粒子径を共に10μm以下とするための具体的手段や確認方法が記載されていない。従って、一般的技術常識を考慮しても、本件発明の「平均粒子径」の意味するところは明確でなく、「10μm以下の平均粒子径」は、その権利範囲の境界を特定することができないから、本件発明は、特許法36条6項2号の「特許を受けようとする発明が明確であること」の要件を具備していない。加えて、当業者が過度の試行錯誤を強いられることなく「共に10μm以下の平均粒子径としてなる混合物」を実施することが可能であるとは認められないから、特許法36条4項の実施可能要件を具備していない。

B. 原告の主張の要点は下記の通りです。
「10μm以下の平均粒子径」との数値限定は、格別臨界的な境界の存在を示唆したものではなく、連続的に変化する領域から好ましい領域を限定しているに過ぎない。明細書の「遠赤外線放射材料と放射線源材料はできるだけ細かな粒子の微粉末」なる記載を「10μm以下の平均粒子径」と特定しただけである。平均粒子径は、数学的算出方法が慣用手段であり、それを熟知した上で「平均粒子径」とするものである。そして、当業者間には光学的測定器が市販されており、それを使用して「平均粒子径」を決定していることは周知の事実である。従って、「10μm以下の平均粒子径」が、本件発明の権利範囲の境界を特定することができない旨の被告の主張に根拠はない。

明細書には、「これらの実施例の遠赤外線放射体の作製は具体的には次のように行った。即ち、磁器製ポットをボールミルとして用い、モナザイトを含む上記の配合の原材料に、略同量の水を添加し、湿式混合粉砕を24時間行った。」とボールミルで粉体化することが記載され、その粉体化処理時間も24時間として記載されている。従って、「共に10μm以下の平均粒子径としてなる混合物」を実施し得るとは認められないと言う被告主張に根拠はない。

本件発明は、「平均粒子径の定義」、「セラミックス遠赤外線放射材料粉末及びモナザイト粉末の粒子の形状」、「代表径の取り方」、「平均粒子径の測定方法」のいずれをも特定しなければ具現化できないものではない。被告が提出した証拠には平均粒子径の算出方法が記載されており、この平均粒子径の算出方法は周知であり、特段の断りがない場合の平均粒子径とは、算術平均、幾何平均等を意味するものである。この算術平均でも、幾何平均でも、またその他の平均の算出方法でも、結果に大きな違いがないと思われる。当業者は市販されている測定器 (例えば「島津レーザ回折式粒度分布測定装置SALD-2100」。同装置は、「JIS Z 8901『試験用粉体及び試験用粒子』」の試料に基づいて校正されている。) によって平均粒子径を測定しているが、測定器の機能は測定器メーカーに委ねられており、上記計算方法等のいずれを採用しているかは分からない。

「平均粒子径」とは、JIS Z 8901 ; 2006 「試験用粉体及び試験用粒子」で定義されている「粒子の直径の算術平均値」であり、本件明細書の記載もこれによったものである。これは、「技術用語は、学術用語を用いる」に相当し、JIS規格の「平均粒子径」について問題とされる理由がない。

C. 裁判所の判断の要点は下記の通りです。
裁判所は、まず、学術文献に述べられている「平均粒子径」の定義を説明し、そして、「平均粒子径」の一般的技術的意義について検討して下記の通り述べています。

学術文献の記載によれば、1個の粒子の大きさ (粒子径、代表径) の表し方としては種々のものがあり、大きく幾何学的径と相当径とがある。平均粒子径とは、粒子群を代表する平均的な粒子径を意味するが、種々の平均粒子径及びその定義式があり、同じ粒子であってもその代表径の算出方法によって異なるものである。従って、本件発明の構成要件「共に10μm以下の平均粒子径としてなる混合物」のように、抽象的に平均粒子径として特定の数値範囲を示すだけでは、それが如何なる算出方法によるかが明らかではないから、その範囲が具体的に特定できないことになる。

他方、粒子径 (代表径) は、測定原理に対応して定義されているように、粒径測定法と密接に関係していることが認められ、測定方法が決まれば代表径が定まると言う関係にある。従って、明細書中に、平均粒子径の定義 (算出方法) を記載するか、又はその測定方法に関する記載があれば、特定の数値範囲に属する平均粒子径を示すものとして、その特定に欠けるものではない。そこで、明細書の記載を検討する。

明細書には「遠赤外線放射材料と放射線源材料はできるだけ細かな粒子の微粉末とすることが好ましく、一般に、10μm以下の平均粒子径とすることが好ましい。より好ましいのは、0.5〜1μm程度の平均粒子径である。」とあるように、抽象的に平均粒子径の数値範囲が示されているのみで、構成要件「平均粒子径」が如何なる算出方法によるものであるかの明示の記載もその手掛りとなる記載もない。

そうすると、特許請求の範囲の記載中「共に10μm以下の平均粒子径としてなる混合物」との記載は、それが具体的にどのような平均粒子径を有する粒子からなる混合物を指すかが不明であると言うほかない。故に、本件発明は、特許法36条6項2号の明確性要件を満たしていないと言うべきである。

原告は、平均粒子径は数学的算出方法が慣用手段であり、それを熟知した上で「平均粒子径」とするものであり、当業者間には光学的測定器が市販されており、それを使用して「平均粒子径」を決定していることは周知の事実であると主張する。しかし、平均粒子径の算出方法及び測定方法には複数あるのであって、市販されている光学的測定器を使用して平均粒子径を測定するとしても、複数ある算出方法ないし測定方法からいずれを選択するかについて、当業者間に共通の理解があると認めるに足りる証拠はない。従って、やはり、本件発明は、特許法36条6項2号の明確性要件を満たしていないと言うべきである。

裁判所は、以上のように述べて、本件明細書には記載不備がある故、本件特許は無効にされるべきものと結論して、原告の主張を却下しました。

検討

本件において問題となるのは、特許請求の範囲に「平均粒子径」の記載があるにもかかわらず、明細書全体にその「平均粒子径」の測定方法、算出方法等が記載されていなかったことです。特許請求の範囲におけるこの「平均粒子径」の記載は出願当初から存在していたわけではなく、出願後の手続補正により加入された要件です。このような場合には往々にして、その定義が明細書に記載されていないと言うことがあります。明細書作成者としては、注意すべき事柄です。本件において、出願当初に「平均粒子径」の測定方法、測定装置をちょっと記載しておけばこのようなことにはならなかったはずです。明細書を作成するに際して、特に実施例において使用した機器等については、出願時には発明の特定にあまり関係がないことを理由に、その機器の種類及び測定条件等についてついつい省略してしまうことがあります。このようなものについても日頃から丁寧に記載しておく習慣を身に付けることが望ましいと思います。必要がないから記載しないではなく、必要がないと考えられることであっても、記載して問題がなければ記載すると言うスタンスで明細書の作成に臨むとよいでしょう。

裁判所は、まず一般的学術的意義を整理し、それに基づいて本件明細書が記載不備であるか否かを判断しています。このようなルートで判断されては原告に勝ち目はないでしょう。何故ならば、明細書に「平均粒子径」の定義が記載されていないのですから。学術的に考えれば、粒子径と言ってもいろいろあり、到底、一つに特定できるはずもありません。

原告は、平均粒子径の算出方法は周知であり、算術平均、幾何平均等を意味するもので、算術平均でも、幾何平均でも、またその他の平均の算出方法でも、結果に大きな違いがないと思われる旨の主張をしていますが、この主張が適切ではなかったと考えます。このように平均粒子径は如何なる方法で算出しようが差異はないと主張したために、裁判所に、一般的学術的意義から平均粒子径を判断させる結果になってしまったのではないかと思います。

確かに、裁判所の判事する通り一般的学術的意義に基づけば、「平均粒子径」の意義は不明確と言うことになるのでしょう。しかし、この裁判所の判断は少し極端過ぎないでしょうか。確かに、明細書に「平均粒子径」の定義が記載されていなかったのはいけません。かと言って、一般的学術的意義には、この分野、即ち、セラミックス分野では全く使用することのない測定方法、算出方法も含まれているはずです。それらを全て横並びに考えて、それに基づいて記載不備は少し強引ではないでしょうか。

上記のように、原告の主張は適切ではないと考えられ、むしろ、セラミックス分野における実際の平均粒子径の測定方法について主張すれば良かったと思います。明細書にたとえ全く記載がなくとも、その技術分野の常識と言うことであれば、それはそれで記載不備を免れる主張になり得ると考えます。小職は、セラミックス分野についてのエキスパートではありませんが、本件出願当時のセラミックス分野の技術常識として、平均粒子径と言うのはレーザ回折式粒度分布測定装置(上記の原告の主張では該装置を使用していると述べている)を使用して測定するのが通常である等を証拠を挙げて主張するべきではなかったのではないかと思います。

なお、この判例の詳細は、裁判所ホームページ (http://www.courts.go.jp/) の裁判例情報から上記の事件番号 (平成18年 (ワ) 第11880号) を入力することによりご覧になれます。また、特許庁ホームページ (http://www.jpo.go.jp/indexj.htm) の「特許電子図書館 (IPDL)」をクリックし、経過情報検索から1の番号照会に入り、番号種別を登録番号として、照会番号に3085182を入力して検索実行すれば、本特許権の経過情報と共に公報を入手することができます。

以 上



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