化学の特許なら東京、秋葉原のリュードルフィア特許事務所にご相談ください。

ニュースレターNo.13 「酸素発生陽極 特許権侵害差止請求事件」

<概要>

今回は、平成14年 (ワ) 第10511号 特許権侵害差止請求事件について検討してみました。

この事件は、「酸素発生陽極」に関するものです。原告である特許権者が、被告製品の電極について、その製造、譲渡、譲渡の申出が、原告特許権を侵害するものとして差止、廃棄及び損害賠償を求めたものです。

原告特許権 (特許第2574699号) の特許請求の範囲は下記の通りです。
「(i)バルブ金属又はその合金よりなる導電性金属基体上に
 (ii)350〜550℃の熱分解温度で
 (iii)白金族金属又はその酸化物を含む電極活性物質を被覆した電極において、
 (iv)該基体と電極活性被覆層との間に、スパッタリング法により形成された結晶性金属タンタルを主成分とする
 (v)厚さ1〜3ミクロンの薄膜中間層を設けたことを特徴とする
 (vi)酸素発生陽極。」

被告製品の電極は下記の通りです。

イ号物件
a(i)チタンよりなる基体上に、
a(ii)400℃〜500℃の熱分解温度で、
a(iii)酸化タンタルを混入した酸化イリジウムからなる電極活性物質を被覆した電極において、
a(iv)該基体と電極活性被覆層との間に、スパッタリング法により形成されたα相β相混合の結晶性金属タンタルを主成分とする
a(v)厚さ3(±0.5)ミクロンの薄膜中間層を設けた
a(vi)酸素発生陽極。

ロ号物件
イ号物件において結晶性金属タンタルの薄膜中間層の厚さが4(±0.5)ミクロンの酸素発生陽極。

イ号物件及びロ号物件は、少なくとも、本件発明の構成要件(i)ないし(iii)及び(vi)を充足することに争いはありませんでした。

主な争点は、イ号物件及びロ号物件が、本件発明の技術的範囲に属するか否かと言うことでした。他に無効理由があるか否か等についても当事者間で争われましたが、それについて裁判所は判断していません。

A. 原告の主張の要点は下記の通りです。

技術的範囲の解釈について
本件発明における構成要件(iv)のタンタルは、「結晶性金属タンタル」であって、α型、β型のいずれをも包含する。結晶性金属タンタルの中間層の厚みは、厚みを測定する通常の方法に従って実測することが最も好ましい。本件明細書の実施例の計算と同一方法によって膜厚を算出するのであれば、数値の表記方法が「40g」、「3ミクロン」である故に、有効数字1桁であることが明らかである。従って、「40g」は「35〜44g」、「3ミクロン」は「2.5〜3.4ミクロン」と読むべきである。また、計算に際してはタンタルの真の比重を用いるべきである。

構成要件の充足性について
イ号物件の構成a(iv)及びa(v)を、本件発明の(iv)及び(v)と対比する。
a(iv)α相β相混合の結晶性金属タンタルは、両相の混合割合の如何を問わず、結晶性金属タンタルである。a(v)中間層の厚さは本来3ミクロンであるべきことを意図して形成されている。但し、スパッタリング加工技術の問題として、現実の生産品において、±0.5ミクロンの誤差を生じている。従って、中間層の厚さは3ミクロンとみなされるべきである。

均等の成否について
均等の5要件に照らし、ロ号物件やイ号物件のうち中間層の厚さが3ミクロンを超えるものについて検討すると、中間層の厚さが3ミクロンより1(±0.5)ミクロン厚いと言う構成をとっても、(i)本件発明の本質的部分に何らの変化を及ぼすものではなく、(ii)本件発明の目的を当然に構成することができ、同一の作用効果を奏するものであって、(iii)当業者が容易に相当し得る構成であり、(iv)もとより、公知技術ではなく、またこれから推考容易でもなく、(v)拒絶理由除去のため意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情も存在しない。従って、中間層の厚さが3ミクロンを超えるものは、本件発明と均等と言うべきである。

B. 被告の主張は重複するので省略します。

C. 裁判所の判断の要点は下記の通りです。

裁判所は、本件発明の構成要件(v)に関する争点のみについて判断しています。

薄膜中間層の厚さの測定方法について
本件明細書には、薄膜中間層の厚さの計測方法について直接の記載はない。原告は、厚みを測定する場合の通常の方法に従って、実測によることが最も好ましいと主張するが、中間層の厚さを実測するためには電子顕微鏡によることになり、そのためには、電極を測定点で切断する必要がある。電極の発明である本件発明を実施するに際して、製造した電極を切断していたのでは、現実的な発明の実施は不可能になる。従って、薄膜中間層の厚さは、スパッタリングに用いられた結晶性金属タンタルの重量と金属基体の面積とを用いて算出するのが実際的である。本件明細書の唯一の実施例の記載においても、「タンタルとして40g/m2、厚さ3ミクロンのα型結晶構造を持つ金属タンタルを主成分とする中間層を基体上に形成した。」とあるように、用いられた基材面積当たりの金属タンタルの重量をわざわざ記載し、これによって作製した電極を用いて電解試験を行ったとしており、電極を切断して薄膜中間層の厚さを電子顕微鏡で実測したことを窺わせる記載もない。スパッタリングによるコーティングは、電気メッキと比べれば緻密でかなりピンホールが少ないものの、やはりピンホールが発生することや、形成される薄膜中に放電ガスの原子が混入するため、タンタルの真の比重を用いて算出した数値よりも薄膜の厚さが若干大きくなっていることも、何ら不思議ではない。

このように述べた上で、薄膜中間層の厚さの測定は、スパッタリングに用いられた結晶性金属タンタルの重量と基体の面積を用いるものであると判断しました。

有効数字について
本件明細書に記載された実施例において、金属基体は、大きさ30mm×10mmであり、その表面積は300mm2である。40g/m2は計算上300mm2当たり0.012gに相当する。この重量が、実施例において用いられた金属タンタルの重量である。仮に、基体の重量の計測が、0.01g単位でしかできないとしたならば、300mm2当たり0.01gは計算上33g/m2に、300mm2当たり0.02gは計算上67g/m2にそれぞれ相当するから、実施例の記載のように40g/m2と言う数字が現れることはあり得ない。従って、実施例において、金属タンタルの重量は、少なくとも0.001g単位で計測されていたと認めるべきである。故に、「40g」とあるのが有効数字1桁であるとは言えない。
「40g」とあるのは、「35〜44g」を意味するものではなく、多くとも40.5gに至るものではないと解すべきものである。

そして、イ号物件及びロ号物件において、いずれも、スパッタリングに用いられた金属タンタルの1m2当たりの重量は、40.5g以上であり、タンタル層の厚さは、本件発明の構成要件(v)に言う3ミクロンを超えていると判断しました。

均等の成否について
均等の要件(i)(相違部分が発明の本質的部分にあたらない)について

本件発明は、不溶性陽極の寿命を長くするため電極の基体と被覆との間に結晶性金属タンタルを主成分とする中間層を保護層として設け、この効果を経済的に得るために、中間層をスパッタリング法により薄膜として形成する点に技術的意義を有する。原告が提出した審判請求理由補充書によれば、中間層の薄膜が3ミクロンを超えると、スパッタリング法による加工が困難になることや、膜厚が厚くなると応力による剥離を起こし易くなることも、上限を3ミクロンと設定した根拠とされたことが認められる。
一般に、特許請求の範囲において、数値をもって技術的範囲を決定し、その数値に設定することに意義がある場合には、その数値の範囲内の技術に限定することで、その発明に対して特許が付与されたと考えるべきものである。従って、特段の事情のない限り、その数値による技術的範囲の限定は特許発明の本質的部分にあたると解するべきである。この上限設定には、結晶性金属タンタルの使用量を抑制して経済性を高め、スパッタリング法による加工を容易にし、中間層の剥離が起き易くなることを防止するという意義がある。従って、厚さの上限が3ミクロンであることは、本件発明の本質的部分であると判断しました。

均等の要件(ii)(置換可能性)について
タンタル層の厚さを、本件発明の構成要件?における上限値を超えたものに置き換えたならば、高価な結晶性金属タンタルの使用量がその分増加し、本件発明において実現しようとした経済性が損なわれ目的も達せられない。従って、タンタル層の厚さが3ミクロンを超える物件は、本発明の目的を達することができず、作用効果も同一ではないから、均等の要件(ii)を充足しないと判断しました。

均等の要件(v)(対象物件が意識的に除外したものではない)について
中間層の厚さについては、出願当初は数値的な限定は存在しなかったところ、拒絶査定に対して不服審判を請求した後の手続補正書によって、特許請求の範囲において中間層の厚さを「1〜3ミクロン」と限定したものである。即ち、中間層の厚さが3ミクロンを超えた物件は、特許請求の範囲から意識的に除外されたものであるから、均等の要件(v)を充足しないと判断しました。

裁判所は、以上のように述べて、イ号物件及びロ号物件は、本発明の技術的範囲に属するものと言うことはできないと結論して、原告の主張を却下しました。

検討

本件の出願当初の特許請求の範囲には、薄膜中間層の厚さは規定されていませんでした。出願当初の特許請求の範囲において、要件(iv)及び(v)に対応する部分は、「該基体と電極活性物質被覆層との間に、金属タンタル又はその合金を主成分とする薄膜中間層を設けたことを特徴とする」となっていました。このように、金属タンタル等の薄膜中間層を設けたことのみを特徴としていたのです。しかし、特許に至るまでの段階で補正をして薄膜中間層の厚さを1〜3ミクロンに限定したのです。このように厚さを限定することにより特許性を獲得したのです。従って、薄膜中間層の厚さ1〜3ミクロンは、明らかに本発明の特徴部分と考えられます。また、特許権者自らの意思で厚さを限定したのですから、この範囲以外を発明の技術的範囲から除外したことも明らかです。従って、薄膜中間層の厚さが3ミクロンを超えるものに対して均等を主張しても認められるとは思えません。被告製品が3ミクロンを超えることが明らかな故に、何とか均等物として差止め等をしたいと考えたのでしょうが、少し無理があったように思います。

出願時の明細書には薄膜中間層の厚さに関して、「本発明の目的を達成するためには0.5ミクロン更に好ましくは1ミクロン以上の厚みを必要とする。」と言う下限に関する記載のみがありました。上限に関する記載はありませんでした。そこで、審査段階で明細書を補正して、下限に関する記載の後に「通常厚み5ミクロン未満、特に3ミクロン以下が好ましい。」を挿入したのです。ここで、上限値の3ミクロンは当初明細書の実施例に記載がありましたが、5ミクロン未満に関する記載はありませんでした。従来の補正の要旨変更の判断は、現在の新規事項追加の判断に比べると非常に緩やかで、このような補正でも要旨を変更するものではないとして認められたのです。しかし、最終的には上限値は実施例に記載されていた3ミクロンに限定せざるを得ないことになっています。

本件発明の特徴は、金属タンタルの薄膜中間層を設けたことにあるのですから、出願当初からもう少し注意して薄膜中間層の厚さに言及しておくべきではなかったのでしょうか。まして、厚さの下限値を記載しているのです。何故、上限値を記載しなかったのか、現在の補正の制限に苦労している者にとっては理解できないところがあります。もう少し注意をしていたなら、上限値として例えば、3.5ミクロン、4ミクロンを記載することも可能であったと思います。それにより、結果は変わっていたかもしれません。いずれにしても、薄膜中間層を設けたことが特徴ですので、薄膜中間層の厚さ及びその測定方法は、当初明細書に記載すべきであったと考えます。

本件における問題はやはり出願当初の明細書の記載にあったのではないでしょうか。上限を3ミクロンに限定しなければならなかったことは特許権者にとって非常に辛いことであったと思います。明細書作成に従事する者としては、このような事件を通じておおいに反省する必要があるのではないでしょうか。

ところで、判決では、薄膜中間層の厚さの測定は、スパッタリングに用いられた結晶性金属タンタルの重量と基体の面積を用いるものであると判断しています。その理由として、電極の発明である本件発明を実施するに際して、製造した電極を切断していたのでは、現実的な発明の実施が不可能であること、本件実施例において基材面積当たりの金属タンタルの重量をわざわざ記載していること、及び電極を切断して薄膜中間層の厚さを電子顕微鏡で実測したことを窺わせる記載がないことを挙げています。確かに、製造した電極をいちいち切断して膜厚など測定しているはずはありません。しかし、実施例の「タンタルとして40g/m2、厚さ3ミクロンのα型結晶構造を持つ金属タンタルを主成分とする中間層を基体上に形成した。」との記載中の40g/m2のみから厚さ3ミクロンが算出できるはずもありません。当然、厚さを算出するためにはタンタル層の密度が必要なわけです。その密度がタンタルの真の密度と相違すると言うなら、一体どのようにして厚さを求めたのでしようか。やはり、電極を切断して厚さを測定したと考えるべきではないのでしょうか。それにより初めて実際の密度が求められ、以後はこの密度と単位面積当たりのタンタル重量とから厚さを算出することができるのです。しかし、この方法はあくまで簡便法であって、侵害品の厚さを特定するに際しては、特許権者の主張の通り、電子顕微鏡で実測した値と考えるべきではないでしょうか。

厚さと言うのは物の寸法です。物の寸法と言うのは、基本的には一つの測定法による一つの値しかないのであって、測定法によって変化するものではないと考えるのです。測定法で差が生ずるのは、その測定法が簡便法であるからではないのでしょうか。電極を切断することが現実的ではないからと言って、簡便法で測定した厚さで判断すると言うのは納得できないものがあります。物の寸法で発明を特定しているのであれば、たとえその寸法の測定方法が記載されていないからと言って、本来、記載不備になるものではないと考えます。正確なスケールで実測した値、これが寸法ではないのでしょうか。JISで規定されている種々の機械的強度の値等とは本質的に異なる点であると思います。

なお、この判例の詳細は、裁判所ホームページ (http://www.courts.go.jp/) の裁判例情報から上記の事件番号 (平成14年 (ワ) 第10511号) を入力することによりご覧になれます。また、特許庁ホームページ (http://www.jpo.go.jp/indexj.htm) の「特許電子図書館 (IPDL)」をクリックし、経過情報検索から1の番号照会に入り、番号種別を登録番号として、照会番号に2574699を入力して検索実行すれば、本特許権の経過情報と共に公報を入手することができます。

以 上



お問合せはこちらから!!

リュードルフィア特許事務所「業務内容」のページに戻る

リュードルフィア特許事務所のトップページに戻る



リュードルフィア特許事務所は化学関係を主体とした特許事務所です。