化学の特許なら東京、秋葉原のリュードルフィア特許事務所にご相談ください。

ニュースレターNo.12 「電子写真複写機用クリーニングブレード 審決取消請求事件」

<概要>

今回は、平成13年 (行ケ) 第209号 審決取消請求事件について検討してみました。この事件は、いわゆる実施可能要件に関して争われたものです。

この事件は、被告特許権者の「電子写真複写機用クリーニングブレード」(特許第2076415号) の特許に関する無効審判において、特許庁が、被告特許権者の訂正請求を認めた上で、原告審判請求人の主張は認められないとして、原告の主張を排斥し、特許を維持する旨の審決をしたことに対し、原告審判請求人がその取消しを求めた事案です。

本件特許の訂正後の特許請求の範囲の記載は下記の通りです。

「重量平均分子量 (Mw) と数平均分子量 (Mn) の比 (Mw/Mn) が、GPC法の測定によって2以下である分子量分布を有するポリオールとポリイソシアネートとを反応させてなるウレタンゴムからなることを特徴とする電子写真複写機用クリーニングブレード。」

上記特許請求の範囲中の下線部分は訂正により追加された部分です。

上記訂正と同時に明細書中の記載「このポリオールの分子量分布は、例えば、GPC法による分子量測定から算出されることができる。」から「例えば、」を削除する訂正がなされました。

上記以外に、明細書中にGPC法の測定条件等に関する記載は何らありませんでした。

1. 審決の理由の要点

(1) 原告審判請求人主張の無効理由

(a) 訂正前発明の特許請求の範囲には、平均分子量分布を特定するための測定方法及び測定条件が明記されていない。訂正後発明においても、GPC法の測定条件が構成要件として特定されていない。従って、いずれも発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されているものではない。

(b) 当初明細書及び訂正後明細書において、分子量分布を特定するための測定方法としてGPC法の記載があるとはいえ、その測定条件が開示されていない。従って、当業者が本件発明を容易に実施できる程度に構成が記載されているとは言えない。

裁判所は、(b)の実施可能要件のみについて判断しています。(a)に関しては参考になる点があるので記載しました。その他、上記訂正が要件違反であること、新規性及び進歩性なしとの無効理由も主張していましたが、これらに関して、裁判所は判断をしていないので省略します。

(2) 審決の理由

(a) 無効理由(a)について

審判請求人は、GPC法の測定条件が構成要件とされるべき旨主張する。しかし、重量平均分子量 (Mw) と数平均分子量 (Mn) を測定する方法として、GPC法は当業者にとって周知慣用の手段である。GPC法による分子量測定において、測定対象 (本件の場合はポリオール) に応じて、装置、移動相溶媒、カラム、標準物質等に適切なものを選定することは、当業者が通常行うことである。従って、本件明細書において、ポリオールの重量平均分子量 (Mw) と数平均分子量 (Mn) の比(Mw/Mn) を求めるためのGPC法の測定条件を構成要件とすることまでが必須の事項であるとは言えない。

(b) 無効理由(b)について

GPC法において、測定対象に応じて、装置、移動相溶媒、カラム、標準物質等に適切なものを用いることは、当業者が通常行うことである。従って、本件明細書において、ポリオールの重量平均分子量 (Mw) と数平均分子量 (Mn) の比 (Mw/Mn) を求めるためのGPC法の詳細測定条件の記載がないからと言って、当業者が本件発明を容易に実施できる程度に明細書に記載されていないとすることはできない。

2. 原告主張の取消事由の要点

(a) 審決の理由(a)について

GPC法では、装置、移動相溶媒、カラム、標準物質等の測定条件について適切な条件を設定したとしても、例えば、カラム温度や試料濃度の選定如何により、比 (Mw/Mn) の測定値が異なることがある。また、分子量分布の計算において、GPCチャートのベースラインの引き方によって、あるいは低分子領域を試料の分子量の算出に入れるか否かによって、比 (Mw/Mn) の値も異なってくる。従って、これらの測定条件及び解析条件を、特許請求の範囲に記載すべきである。さもなければ、比 (Mw/Mn) の示す技術的意義を理解できない。

(b) 審決の理由(b)について

GPC法における測定条件及び解析条件の基準と言うものは存在しないから、これらが具体的に明らかにならなければ、比 (Mw/Mn) の意味が明らかにならない。従って、ポリオールを特定して本発明を再現することができないことになる。測定条件及び解析条件を具体的に明らかにしていない訂正後明細書の記載によっては、当業者が容易に訂正後発明を実施することはできない。

3. 被告主張の要点

被告主張の要点は重複するので省略します。

4. 裁判所の判断の要点

? 訂正前発明について

当初明細書の記載によれば、比 (Mw/Mn) が1.4〜2.0であるポリオールを用いた訂正前発明のクリーニングブレードと、上記比が2.1〜2.6であるポリオールを用いた比較クリーニングブレードにつき、引裂き強さ、永久伸びの経時変化及びクリーニング性能の比較を行い、本訂正前発明の効果を具体的な視点から裏付けようとしている。

比 (Mw/Mn) の数値に着目すると、小数点以下第一位までを有効数字としていること、及び数値2.0を訂正前発明の具体例とし、数値2.1を比較例として、これら小数点以下第一位が「1」違うものを対比して効果を裏付けようとしている。従って、当初明細書は、比 (Mw/Mn) の具体的数値として小数点以下第一位までを有意なものとしている。

提出された証拠には、いずれの試料の場合も、その求め方の違いによって比 (Mw/Mn)の数値に違いがあり、小数点以下第一位までを有効数字とした場合、一致しないことが示されている。この記載によれば、該証拠の文献が発行された昭和43年当時、同じ高分子物質についての比 (Mw/Mn) であっても、GPC法によって求められたものと各種分別法や超遠心法等から求められたものとの間に差異があるものと、更に、同じGPC法による場合であっても使用するカラムの種類・本数が異なると、やはり比 (Mw/Mn)が異なるものと一般的に考えられていたと認めることができる。

以上の通りであるから、比 (Mw/Mn) の算出において、その求め方を特定しなければ、その数値を小数点以下第一位までを有効桁数として得ることはできないとの知見が、上記文献の出版当時、即ち、本件出願前に一般的なものとして存在していたと認められる。そして、この状況が、本件出願時までに失われたことを伺わせる資料は、本件全証拠を検討しても見出すことができない。

上記で認定した技術常識に照らすと、結局、当初明細書には、比 (Mw/Mn)の値が2以下であるポリオールをどのように求めたらよいのか記載されていないことになり、本件発明の原材料としてどのようなポリオールを用いればよいのかを当業者は理解できない。従って、当初明細書には、当業者が容易に訂正前発明を実施することができる程度に発明の構成が記載されていると認めることはできない。

? 訂正後発明について

本件出願当時すでに頒布されていた各刊行物のいずれにおいても、ポリオールについてGPC法により求めた比 (Mw/Mn) の数値として、少なくとも小数点第一位までを有意なものとしており、その場合、GPC法の測定条件として使用カラム等の測定条件を具体的に明示していることが認められる。

上記の通り、ポリオールについて少なくとも使用カラムを特定しなければ、GPC法による測定により得られた比 (Mw/Mn) の数値を、小数点以下第一位まで有意なものとすることはできないとの知見が、本件出願当時に技術常識として存在していたと認めることができる。

訂正後発明は、比 (Mw/Mn) をGPC法により求めた場合、2以下であるポリオールであることを要件とする。訂正後明細書の説明においては、訂正前発明と同様に訂正後発明に係る比 (Mw/Mn) の数値を小数点以下第一位までを有意なものとして扱っている。故に、ポリオールについて比 (Mw/Mn) をGPC法によって求める場合、少なくとも使用カラムを特定しなければ、比 (Mw/Mn) の数値として小数点第一位までを有意なものとし得ないとの上記技術常識に照らせば、訂正後明細書においても、少なくとも使用カラムを明確にすべきである。しかし、訂正後明細書には、比 (Mw/Mn) を測定するGPC法について、その測定条件である使用カラムに関するものを含め具体的な記載は一切ない。

そうだとすると、GPC法により、比 (Mw/Mn) の数値として小数点以下第一位まで有意なものとして求める前提として必要となる使用カラムについての記載がない訂正後明細書の詳細な説明は、当業者が容易に実施できる程度には本件訂正後発明が記載されていないものと言う以外はない。

以上のように、裁判所は、訂正前後の発明について実施可能要件を具備しているか否かのみを判断し、いずれの発明も実施可能要件不備と言うことで、他の取消事由を判断するまでもなく原告の主張を容認しています。


検討

本件においては、実施可能要件が争点になりました。実施可能要件とは、発明の詳細な説明は当業者が請求項に係る発明を実施できるように明確かつ十分に記載しなければならないと言う要件です。

本件においては、「重量平均分子量 (Mw) と数平均分子量 (Mn) の比 (Mw/Mn) が、2以下である分子量分布」を測定する手段として、GPC法が挙げられてはいましたが、その測定条件が実施例を含めて発明の詳細な説明には全く記載されていませんでした。明細書作成時点において、測定手段としてGPC法を挙げておけば、詳細な測定条件まで記載しなくても十分に実施可能要件を満たしていると考えていたのかもしれません。

しかし、明細書を作成するに当たって、特許請求の範囲に記載した各要件は必ず明細書中で詳細に説明する必要があると考えます。とりわけ、何らかの測定を伴う性質により発明を特定した場合には、その測定法の詳細を明細書中に記載することは明細書作成における基本です。どんなに常識的な測定法によるものであっても、測定法又は測定条件により測定値が変化する可能性のある要件に関しては、その測定法の詳細を記載しておかなければいけません。種々の物理的、化学的性質により発明を特定したときには注意すべきことです。

また、特許請求の範囲に記載はないが、明細書の実施例において、その発明に関する何らかの性質を記載することがしばしばあります。この場合には、特許出願段階ではその測定法及びその測定条件を記載しなくても問題がないこともあります。しかし、このようなものであっても、その測定法及びその測定条件を記載しておくことが好ましいと考えます。往々にして、そのような性質を後の補正により特許請求の範囲に加えることがあるからです。特許出願時には発明を特定するための構成として予定していなかった性質でも、将来、発明の特定に使用することもしばしば発生します。その時のためにも出願時に十分な準備が必要と考えます。また、その測定法及び測定条件を記載しておかなかったことにより実施例自体を第三者がトレースできず、実施可能要件不備を指摘されると言うこともあります。

測定法の種類に関係なく、全て測定条件等を記載することは容易なことではないと思います。しかし、実施可能要件違反にならないようにするためには、請求項に記載した要件を十分にサポートするように明細書中に測定条件等を記載することを心がける必要があると思います。

今回取り上げた実施可能要件及びサポート要件等の記載不備に関する要件は、拒絶、無効理由として、新規性及び進歩性の要件に比べて弱いと考えている方々もいらっしゃるかと思います。しかし、記載不備の要件であろうと、新規性及び進歩性の要件であろうと拒絶、無効理由として同等なのです。けっして、記載不備の要件を軽視してはいけません。今回取り上げた判例においても、裁判所は新規性及び進歩性については全く判断することなく、実施可能要件のみを判断していることからも明らかと考えます。

なお、この判例の詳細は、裁判所ホームページ (http://www.courts.go.jp/) の裁判例情報から上記の事件番号 (平成13年 (行ケ) 第209号) を入力することによりご覧になれます。また、特許庁ホームページ (http://www.jpo.go.jp/indexj.htm) の「特許電子図書館 (IPDL)」をクリックし、経過情報検索から1の番号照会に入り、番号種別を登録番号として、照会番号に2076415を入力して検索実行すれば、本特許権の経過情報と共に公報を入手することができます。

以 上


お問合せはこちらから!!

リュードルフィア特許事務所「業務内容」のページに戻る

リュードルフィア特許事務所のトップページに戻る



リュードルフィア特許事務所は化学関係を主体とした特許事務所です。