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ニュースレターNo.11 「紫外線遮蔽性を有する繊維構造体および該構造体を用いた繊維製品 審決取消請求事件」

<概要>

今回は、平成15年 (行ケ) 第206号 審決取消請求事件について検討してみました。

この事件は、原告特許権者の「紫外線遮蔽性を有する繊維構造体および該構造体を用いた繊維製品」(特許第2888504号)の特許に関する無効審判において、特許庁が特許権者の訂正請求は認められないとした上、特許を無効にする旨の審決をしたことに対し、原告特許権者がその取消しを求めた事案です。

本件特許の特許請求の範囲 (請求項1) の記載は下記の通りです。

「【請求項1】 紫外線を反射または吸収する性能を有する成分を、繊維構造体を構成する繊維中に存在させた状態で、1重量%以上含み、波長290〜320mμの紫外線の透過率が5%以下 [ 要件(イ) ] 、波長290〜400mμの紫外線の透過率が10%以下 [ 要件(ロ) ] 、波長400〜1200mμの可視光線の平均反射率が60%以上 [ 要件(ハ) ] 、通気度が5ml/cm2・sec以上 [ 要件(ニ) ] であることを特徴とする繊維構造体。」

(請求項1中の [ ] 書きは、説明の便宜上、筆者が書き込んだものです。また、請求項1中の但書は省略しております。)

特許権者が請求した訂正内容の要点は下記の通りです。

請求項1記載の「波長400〜1200mμの可視光線の平均反射率が60%以上」を「波長400〜1200mμの光線の平均反射率が60%以上」と訂正すること、及び明細書中の対応する記載を同様に訂正することでした。

1. 審決の理由の要点

(a) 本件訂正は、明細書の記載から一義的に導き出すことができるものではないから、明細書に記載された事項の範囲内のものとは言えず、また、実質的に特許請求の範囲を変更するものに該当する。

(b) 請求項1の記載における「波長400〜1200mμの可視光線の平均反射率」は、その記載内容が明瞭であるとは言えない。

(c) 請求項1の記載における数値の下限値又は上限値設定に関して、これらが導かれた根拠が明細書の記載から明らかとは言えない。

2. 原告主張の審決取消事由の要点

(a) 審決の理由(a)について

請求項1の「波長400〜1200mμの可視光線の平均反射率」との記載における「波長400〜1200mμ」と可視光線の波長範囲である波長400〜800mμとが一致しないこと、及び「波長400〜1200mμの可視光線の平均反射率」との記載は、その平均反射率の測定波長範囲について、(1)「『波長400〜1200mμ』を生かして、・・・『可視光線』は『光線』である」との解釈、及び(2)「『可視光線』を生かして、・・・可視光線の波長範囲(400〜800mμ)」との解釈の二つが成り立つことは審決の通りである。しかし、発明の詳細な説明の記載を参酌すれば、「波長400〜1200mμの可視光線」との記載は、上記(1)の解釈が正しく、(2)の解釈が成立する余地はない。

(b) 審決の理由(b)について

請求項1の「波長400〜1200mμの可視光線の平均反射率」との記載は、上記(1)及び(2)の解釈が可能であるとしても、発明の詳細な説明の記載を参酌すれば、(1)の解釈が正しく、(2)の解釈が成立する余地はなく、当業者は、これを「波長400〜1200mμの光線の平均反射率」を意味すると理解する。従って、この不備は、発明の要旨認定及び技術的範囲を定めるに当たって、特許請求の範囲に記載された技術的事項の確定に支障がない軽微なものである。

(c) 審決の理由(c)について

請求項1の要件(イ)〜(ニ)は、これらの上限値及び下限値が、一定の作用効果を発現するか否かの分岐点となるような限界値ないし当該値がその値を境として作用効果上の顕著な相違を生ぜしめる臨界値であることを見出したところにあるのではなく、各要件の組合せを満足する設計とした繊維構造体が、実現可能であり、従来得られていなかった紫外線遮蔽効果と快適さの両方を満足する繊維構造体を新たに生み出した点にある。要件(イ)〜(ニ)の数値条件が、夫々の要件における作用効果を発揮する上で望ましい十分に意義のある数値であることは、当業者に容易に理解できることである。従って、これらの要件は、発明の構成に係る要件であり、技術的に意味のないことが一見して明らかな要件ではないから、これを発明の必須構成要件ではないと認定判断することは許されない。

3. 裁判所の判断の要点

(a) 審決の理由(a)について

明細書の記載によれば、本件発明が、特定の波長の光線についてその平均反射率を規定しているのは、皮膚又はその周辺の温度の上昇を少なくして快適さを満足する繊維構造体とするためである。そして、発明が解決する課題として、従来技術では可視光線に対する反射率が悪いため蒸し暑くなり衣料としての快適性に欠けること、課題を解決する手段として、可視光線以上の長波長の太陽光を反射すること、発明を具体的に説明した部分において、「波長400〜1200mμの可視光線の平均反射率が60%以上」であること、「紫外線及び可視光線に対する遮蔽性能のバランス」、「可視光線の反射性能」、「可視光線の透過が大きい時は暑くて着用感が悪かった」と言う記載がある。

従って、明細書には、快適性のために注目すべき太陽光の波長範囲について、可視光(400〜800mμ)としている箇所と、可視光及び近赤外光(400〜1200mμ)としている箇所の両者が存在している。そうすると、可視光(400〜800mμ)の反射率により規定しても、可視光及び近赤外光(400〜1200mμ)の反射率により規定しても、いずれも、それに対応する意味を有し、前者の規定では意味のないものになると言うことはできない。

(b) 審決の理由(b)について

上記の通り「波長400〜1200mμの可視光線」との記載については、(1)の解釈及び(2)の解釈とも可能であり、(1)の解釈のみが正しく、(2)の解釈が成立する余地はないと言うことはできない。

(c) 審決の理由(c)について

明細書には、実施例以外に、要件(イ)〜(ニ)のうちの数値要件、即ち、要件(イ)の「5%以下」、要件(ロ)の「10%以下」、要件(ハ)の「60%以上」及び要件(ニ)の「5ml/cm2・sec以上」の意義について、具体的に記載したところはない。

原告は、明細書の記載及び特許出願時における技術常識に基づいて、これらの数値要件の意義は、当業者が容易に理解できることであると主張する。しかし、これらの数値要件について、その技術的意義が明らかに記載されているとは認められない。

即ち、要件(イ)の「5%以下」の意義について、実施例及び比較例を対比してみても、いずれもが5%以下であり、「5%以下」の技術的意義は明らかではない。要件(ロ)の「10%以下」についても、実施例が「4.2%」、「3.8%」であるのに対して、比較例は、10%以下である「2.7%」、「2.1%」、「3.1%」のものと、10%以上である「14.0%」、「13.8%」のものがある。10%以上のものは着用テストで「日焼け」の項目が「強い」、「やや強い」とされ、これらの数値が、日焼けに関係していることは理解できるものの、紫外線が強いと日焼けするという程度の常識的な結果を示すにとどまるものであり、「10%以下」の技術的意義は明らかではない。要件(ハ)の「60%以上」についても、実施例が「81.3%」、「82.4%」であるのに対して、比較例は、60%以上である「83.1%」、「65.2%」、「65.8%」、「72.0%」のものと、60%以下である「5.8%」のものがある。5.8%の比較例における着用テストで「着用感」の項目が「かなり暑い」とされているが、「65.2%」、「65.8%」(注:特許公報の第1表は、特許異議申立に対する訂正において、比較例4の着用テストの日焼けの結果が「強い」から「弱い」に、かつ着用感の結果が「良い」から「暑い」に訂正されています)及び「83.1%」のものでも「暑い」とされ、「60%以上」とすることの技術的意義は明らかではない。要件(ニ)の通気度「5ml/cm2・sec以上」についても、実施例が「31.2ml/cm2・sec」、「33.1ml/cm2・sec」であるのに対して、比較例のうち5ml/cm2・sec以下のものは1例に過ぎず、他の4例はいずれも25.5ml/cm2・sec以上であり、「5ml/cm2・sec以上」の技術的意義は明らかではない。

また、原告は、本件発明の特徴は、各要件の組合せを満足する設計とした繊維構造体が、実現可能であり、従来得られていなかった紫外線遮蔽効果と快適さの両方を満足する繊維構造体を新たに生み出した点にあると主張する。しかし、比較例4は、要件(イ)〜(ニ)の全てを満足していても着用感テストが良くないのであるから、要件(イ)〜(ニ)を満足するだけでは、「従来得られていなかった紫外線遮蔽効果と快適さの両方を満足する繊維構造体を新たに生み出した」とは言えない。また、二つの実施例のみから、要件(イ)〜(ニ)を満足するもの全体が実現可能であると言うのに十分であるとも認められない。

本発明は、繊維構造体の特性を、数値範囲として規定した物の発明と言うことができる。従って、発明の解決しようとする課題と解決手段との関係、即ち、発明の目的である、紫外線の遮断による紫外線の影響の減少、可視光等の反射による遮熱に基づく快適性、及び通気による快適性と、特定の光線の反射率、透過率及び通気度の具体的な数値要件との個々の関係が、明細書の記載によって明らかになっていなければ、特許請求の範囲記載の数値範囲の技術的意義が当業者に明らかになっていると言うことはできない。

裁判所は、以上のように述べて、原告特許権者の主張を却下しています。


検討

(1) 訂正請求に関して、原告特許権者は、本発明の課題を達成するためには「可視光線以上の長波長の太陽光を反射する」との構成を備えることが必須であると主張し、それを裏付けるための記載のみを明細書から抽出して引用し、訂正請求の正当性を主張しましたが認められませんでした。

裁判所が述べるように出願時の明細書全体からは、上記(1)及び(2)のいずれの解釈も成り立ちます。従って、請求項1記載の「波長400〜1200mμの可視光線の平均反射率が60%以上」を「波長400〜1200mμの光線の平均反射率が60%以上」と訂正することは、出願時の明細書の記載から一義的であるとは言えません。

出願時の明細書全体の記載を見ると、反射すべき光線が可視光線なのか、又は波長400〜1200mμの光線なのか、いずれであるかがはっきりしていません。特許請求の範囲に記載した必須の要件ですから、いずれであるかを明確にして明細書の記載との整合性を図る必要があったと考えます。請求項1記載の「波長400〜1200mμの可視光線の平均反射率が60%以上」は明らかに不明確ですから、訂正請求をして、上記(1)又は(2)の解釈のいずれかにしなければ記載不備で特許無効になります。従って、是が非でも上記訂正の正当性を主張する必要があったので、原告主張の理由も無理からぬところがあったと思います。

(2) 特許請求の範囲において、数値をもって発明を特定したときには、その数値の示す意義を明細書に記載しなければならないことは言うまでもありません。通常、特定した数値の上限を超えれば、如何なる不利が生ずるか、かつ特定した数値の下限未満では、如何なる不利が生ずるかを記載します。そして、実施例及び比較例において、実証した結果を記載しておきます。本件の場合にはそれが不十分でした。

実施例及び比較例を記載する時にも、本件のように要件が多いときには注意する必要があります。即ち、各実施例及び比較例において、複数の要件を同時に変えてしまうと各要件の意義が不明になってしまうからです。このことは、ニュースレターNo.1及びNo.2で説明した通りです。例えば、平均反射率が60%未満の比較例を記載するとき、対応する実施例に対して平均反射率のみを60%未満にしなければなりません。同時に他の要件も変えてしまうと、得られた結果が平均反射率を変えたことによるものか、あるいは他の要件を変えたことによるものかが分からなくなり、結局、平均反射率の下限値の意義が不明になってしまいます。

(3) 本件においては、上記二つの記載不備があるにもかかわらず、本件特許出願は、一旦は特許として成立しています。このように審査官は記載不備を看過することもあるのです。従って、拒絶理由通知を受けた後に対応すれば間に合うと言う考え方は通用しません。記載不備があった時に必ず拒絶理由通知が来るとは限らないからです。特許明細書は出願時から記載不備のなきよう十分注意して記載しなければならないと思うのです。また、明細書中に特定した数値の上限及び下限の意味を記載しておけば、実施例及び比較例は、後日、審査の段階で実験成績証明書によって実証することも可能であるとの考え方もあります。しかし、サポート要件の判断が非常に厳しくなりつつある昨今、実験成績証明書による実証もままなりません。実施例及び比較例は出願当初から記載しておくべきでしょう。

なお、この判例の詳細は、裁判所ホームページ (http://www.courts.go.jp/) の裁判例情報から上記の事件番号 (平成15年 (行ケ) 第206号) を入力することによりご覧になれます。また、特許庁ホームページ (http://www.jpo.go.jp/indexj.htm) の「特許電子図書館 (IPDL)」をクリックし、特許・実用新案検索から1の特許・実用新案公報DBに入り、文献種別Bを選択して、文献番号2888504を入力して検索実行すれば、本特許権の公報を入手することができます。

以 上



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